キリスト教世界において,終末にあたってキリストが再臨し,1000年間統治すると信じられた王国のこと。転じて正義と平和が支配する理想的世界やユートピア,黄金時代を指して用いられることもある。この現世における至福の王国の到来に対する待望は,千年王国説あるいは至福千年説millenarianism,chiliasmとして教説化され,さらには具体的な運動として発現した。西欧語は千を意味するラテン語のmille,もしくはギリシア語のchiliasにもとづく。千年王国思想は,古代ユダヤ教の救世主(メシア)待望観に淵源がみられる。この思想は,おおむね次の三つの要件からなる。第1には,現実世界の全面的な流動状態,もしくは特定の集団・階層・組織の相対的な危機状態への認識,つまり,全体あるいは部分が相対的に堕落・劣化を続けており,終末的状況が展開されているという意識が前提にある。第2に,この終末的危機にあって,現世の枠内で理想的ユートピア状態が実現されることへの期待または確信。したがって,来世での救済は考慮にいれられず,もっぱら継続的時間の延長上に,具体的なイメージをとって描写される至福が問題となる。第3に,第1の危機的状況と第2の至福の境地との間には,質的な断絶があり,この断絶は根底的な変革が短時間のうちにひきおこすものであること。そこではしばしば救世主的人物の登場が求められ,カリスマ,英雄として待望・賛美される。古代ユダヤ教の場合,第1の危機状況は,民族の祖地追放や捕囚・離散であり,第3の救世主は,敵対者を撃破するメシア解放者の戦勝に擬される。また,第2のユートピア願望は,十分に具体的とはいえないまでも,黙示文学のうちに描かれる。このようなユダヤ教の救世観念をうけついで,初期キリスト教徒は,迫害という危機のなか,キリストという救世主を想定して,地上での平安境の実現を待望した。《ヨハネの黙示録》に関連をもとめて天使の参来や死者の蘇生をも結びつけ,この到来するユートピア世界は1000年間続くものとみなした。〈千年王国〉の指称はこれに由来する。
のちのキリスト教世界にあっては,社会的変動によって存在条件の急激な劣化をこうむった集団・階層や,異民族の侵入あるいは疾疫流行に恐怖した人々が,千年王国思想をいだくことが多かった。彼らは,侵入者や暴政者をキリストの再臨を予兆するアンチキリストとみなし,ときには皇帝や教皇が名ざされることもあった。12世紀末から14世紀に発生した異端運動には,これの激烈な例がみられる。また,千年王国思想を手がかりとして,ユートピアの到来を予告する預言行為が行われた。近代以降にあっても,モルモン教,エホバの証人(ものみの塔)などの運動として出現した。さらには,狭義の宗教運動ばかりでなく,民衆の社会的反抗のうちにもあらわれ,さらに論者によれば,マルクス主義理論にもその影を投げかけているといわれる。近年の文化人類学的知見によれば,千年王国思想は,文明,未開を問わず,世界各地の社会に個別に存在していることがみとめられる。
→ユートピア
執筆者:樺山 紘一
ヨーロッパ以外の各地域の諸民族のあいだでも,千年王国運動が頻発している。これらの地域における千年王国運動の特徴の一つは,ヨーロッパ列強による植民地支配が原因となって運動が起こっている点である。ヨーロッパ文明との出会いによって伝統文化が崩れ,そのうえに植民地支配によって政治的・経済的・社会的に抑圧された状況のもとで,予言者があらわれ,千年王国運動が組織されている。たとえば,ニュージーランドの先住民族であるマオリ族のあいだでも,いくつかの千年王国運動が起こっている。ニュージーランドは1840年にイギリスの植民地となったが,マオリ族が植民地化に強く反対し,戦闘的な抵抗をくりひろげた。このような危機的状況のなかで,テ・ウア・ハウメネという予言者があらわれ,ハウハウ運動とよばれる千年王国運動を組織した。この運動は基本的には旧約聖書の影響のもとにひき起こされており,マオリ族はユダヤ民族と同一視され,神の選民と説かれた。予言者テ・ウアはみずからをモーセの再来とみなし,ニュージーランドが新しいカナンの地であり,ここにおいてこの世の終末と天国の到来が実現されると予言した。また,この運動では,イギリス人との接触によって喪失した伝統的な文化要素--たとえば,食人肉の習慣など--が復活されており,その意味では土着主義運動としての性格もあわせもっているといえる。メラネシアにおけるカーゴ・カルトやアメリカ・インディアンのあいだで起こったゴースト・ダンスなども千年王国運動とみなすことができる。また,中国や東南アジアにおいては,中央政府の支配によって抑圧された民衆が政府の打倒をめざして,千年王国運動を起こしている。このように千年王国運動は政治的・経済的・社会的に抑圧された人々による自己救済的な宗教運動ということができる。
執筆者:石森 秀三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
千福年、至福(しふく)千年ともいう。キリスト教の終末論の一形態で、「ヨハネ黙示録」20章の字句どおりの解釈に基づく。それによると、最後の審判の前に、キリストが再臨して地上に王国を打ち立てる。この王国は1000年続き、このとき、殉教者や義(ただ)しいキリスト教徒は復活して(第一の復活)、1000年間の至福を味わう。この間悪魔は鎖につながれているが、王国の終わりにあたりふたたび活動を許され、激しい闘いののち、最後の審判において決定的に敗れる。そこで罪人たちもよみがえり(第二の復活)、審判を経て火の池に投げ入れられる(第二の死)。一方、義しい人々は天国(神の国)の永遠の至福のなかに入り、終末は完成する。
こうした思想の萌芽(ほうが)はすでに『旧約聖書』の預言書にもみられ、さらにキリストの再臨の前に、アンチ(反)キリストの地上支配を説くシビラの預言書(4世紀)などの思想も組み入れて、漸次定式化されていった。正統教会はこうした終末観を異端視してきたが、終末の到来を待望する心情にも支えられて、中世を通じ千年王国思想は受け継がれ、とくに11世紀のヨアキム・ダ・フィオーレの思想は後世に大きな影響を与えた。
宗教改革期にはトマス・ミュンツァーら再洗礼派にこの思想が顕著で、現代ではアメリカのウィリアム・ミラー(1782―1849)に始まるアドベンティスト派(再臨(さいりん)派)やエホバの証人(ものみの塔)などは、千年王国思想を教義の中心に置いている。またメラネシアのカーゴ・カルト、中国の太平天国の乱なども、この思想を受け継いだものである。
[鶴岡賀雄]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
キリスト教思想において終末にあたり,キリストが再臨して千年間統治するという観念。ユダヤ教のメシア待望に源を持ち,初期キリスト教の時代に「ヨハネ黙示録」の記述と結びついて流布し,しばしば民衆の間で,現世のなかに至福の状態が実現するとして,その到来を熱狂的に主張する者が現れた。現代でもキリスト教を称する異端的運動にみられる。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…ニヤサランド(現,マラウィ)に生まれ,1920年代に北ローデシア(現,ザンビア)へ移り,鉱山労働者として働くうちにウォッチタワー運動と出会い,洗礼を受けて伝道生活に入ったが,25年初めころにはキタワラ運動の創始者となった。キタワラ運動は,ベルギー領コンゴ(現,コンゴ民主共和国)でのキンバンギズム運動(キンバング)と同様に千年王国思想を有し,白人の権威を否定するとともに,きたるべき最後の審判によって黒人は白人支配(したがって植民地主義の支配)の政治的・経済的苦境を脱することができるという教えを説き広め,多数の信者を集めた。北ローデシア植民地政府はただちに彼を逮捕したが,まもなく釈放されると彼は自らムワナ・レサ(神の子)と称し,中部州を中心により多くの信者,支持者を得た。…
…他方,ネーデルラントで迫害されていたメルヒオル派再洗礼派はミュンスターを新エルサレムとみなし大挙流入してきた。かくして新旧諸侯軍の包囲下,再洗礼派千年王国が樹立される。稠密な時間空間の中に成り立ち,ユダヤ・キリスト教の黙示録的千年王国思想を指導理念としたために,それは,古今東西の千年王国運動のなかで最も典型的に開花したものということができる。…
※「千年王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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