薬研堀(読み)やげんぼり

精選版 日本国語大辞典 「薬研堀」の意味・読み・例文・類語

やげん‐ぼり【薬研堀】

[1] 〘名〙 薬研の形状、すなわちV字形に掘った底の浅い堀。
御伽草子・秋の夜の長物語(南北朝)「薬研(ヤゲン)堀の底狭なるが中へ、かっぱと飛下り」
[2]
[一] 江戸時代、現在の東京都中央区東日本橋二丁目の両国橋西詰の付近にあった堀。日本橋付近の米・竹・材木などの蔵に物資を運送する水路として利用されたが、御米蔵築地移転後に一部を残して埋め立てられ、その一帯地名として残った。踊子と呼ばれた女芸者が多く住んでいた。また、付近には堕胎専門の中条流の女医者も多かった。

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デジタル大辞泉 「薬研堀」の意味・読み・例文・類語

やげん‐ぼり【薬研堀】

薬研の形に似て、V字形に底が狭くなっている堀。江戸の両国の堀が有名。

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日本歴史地名大系 「薬研堀」の解説

薬研堀
やげんぼり

[現在地名]中区薬研堀・流川ながれかわ町・堀川ほりかわ

のぼり町筋の南に続く筋で、幟町から南に通じる水道の堀をその形態から薬研堀と称したためにこの名がある。武家屋敷地で、北は山陽道沿いの町地、南は竹屋たけや村内の平塚ひらつか町。元和五年広島城下絵図では水道を通りの西側に描き、町地より以南の薬研堀の筋に「是ヨリ百二十間」と記す。

薬研堀
やげんぼり

大川(隅田川)西岸から米沢よねざわ町地先に入る堀。もともと米蔵が置かれた矢ノ倉やのくら(のち米沢町)を囲む掘割で、米穀を運ぶ船舶が多く出入りしていた。名称の由来は堀の形が薬研の形に似ていたためとも、付近に医師が多く住んでいたためともいう。入堀の中ほどに橋があり、橋詰物乞の尼がいたので尼ヶ橋と俗称されたという(武江年表)

薬研堀
やげんぼり

[現在地名]宇和島市佐伯町さえきまち二丁目

江戸時代初期、元禄一六年(一七〇三)までこの地に堀や馬場があり、その馬場が薬研のような楕円形をしていたので、この名がついたという。

東は佐伯町、北は浜御殿はまごてん、西は岡村おかむら新田、南は神田じんでん川の河口に接する低湿地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の薬研堀の言及

【堀】より

…寛永年間(1624‐44)に六条三筋町から移転した遊郭島原も堀と塀で囲まれ,大門を開けていた。近世城下町の堀には,城郭をめぐる内堀,城下町を部分的に取り込んだ外堀,あるいはその中間にあたる中堀があり,その形状によって,長方形の箱堀,断面が逆台形状の薬研堀(やげんぼり),片方が垂直で片方が傾斜する片薬研堀などがある。中世,山城の空堀では,岸の傾斜の方式に毛抜き,堀込み,猿すべり,駒返しなどがあったという。…

【薬研】より

…〈くすりおろし〉ともいう。おもに漢方の製薬に用いる鉄製の道具。漢方では,薬を細かくし煎じて飲むために,細長い舟形で中が断面V字形にくぼんだやげんと,やげん車といって鉄の車輪状の円盤に木の棒をさしたものとを使って薬種を押しくだいた。やげんはその形から,臼と同様に,女陰の象徴ともみられた。また金石類に文字などをV字形に彫り込むことをやげん彫,V字形に掘った底のせまい堀をやげん堀というが,それだけこの道具がなじみ深いものであったことを示している。…

※「薬研堀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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