クネーネ(読み)くねーね(英語表記)Mazisi Kunene

日本大百科全書(ニッポニカ) 「クネーネ」の意味・わかりやすい解説

クネーネ
くねーね
Mazisi Kunene
(1930― )

南アフリカ共和国ズールー・ランド出身の詩人。ナタール大学とロンドン大学東洋アフリカ研究所でズールー詩を研究後、アパルトヘイト反対運動に加わり、アフリカ民族会議ANC)の主要メンバーとなった。1970年(昭和45)と83年に来日し、アフリカ固有の「円環」circleの思想とアフリカ共同体理論を披瀝(ひれき)して、比較文化の視点から日本の文化人に強い衝撃を与えた。その後アメリカに渡り、アイオワ大学、スタンフォード大学客員教授を経て、UCLAカリフォルニア大学ロサンゼルス校)教授となり、アフリカ文学を講じた。1991年アパルトヘイト法廃棄後の1993年に長い亡命生活に終止符を打って帰国し、ナタール大学で教えている。詩集に『ズールー詩集』(1970)、『先祖たちと聖なる山』(1982)があり、とくに19世紀南部アフリカに君臨した英明啓蒙(けいもう)君主シャカ生涯をつづった叙事詩『偉大なる帝王シャカ』(1979)や、アフリカ創世紀の叙事詩『アフリカ創世の神話』(1981)などの作品にみられるように、口承文芸の文字化を通じて、アフリカ人伝承の世界観と価値体系を提示する仕事に意欲的に取り組んでいる。なお、帰国後、『カナリア岬――わがアフリカ』Umzwilili Wama-Africa(1996)など、ズールー語によるズールー文化紹介の著作を3冊出版した。

土屋 哲]

『土屋哲訳『偉大なる帝王シャカⅠ・Ⅱ』(1979・岩波現代選書)』『松田忠徳編・訳『クネーネ詩集』(1973・飯塚書店)』『竹内泰宏・くぼたのぞみ訳『アフリカ創世の神話』(1992・人文書院)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「クネーネ」の意味・わかりやすい解説

クネーネ
Kunene, Mazisi

[生]1930.5.12. 南アフリカ連邦ダーバン
[没]2006.8.11. 南アフリカ共和国,ダーバン
南アフリカ共和国の詩人。フルネーム Mazisi Raymond Kunene。ズールー族出身。ナタール大学で学んだのち,1959年イギリスのロンドン大学へ転じ,ズールー語とその文化,歴史,特に伝統詩を研究。のちにアパルトヘイト反対運動に身を投じ,アフリカ民族会議 ANCの主要メンバーとしてヨーロッパ代表,財務担当理事などを務めた。1966年に亡命。1975~92年カリフォルニア大学ロサンゼルス校アフリカ研究センターの教授を務めた。1993年に帰国し,ナタール大学教授となる。同 1993年,国際連合教育科学文化機関 UNESCOからアフリカの桂冠詩人に選ばれる。2006年,マジシ・クネーネ財団が設立された。ズールー語による多数の詩を英訳した初期の『ズールー詩集』Zulu Poems(1970)や,ズールーの伝統詩の英訳がある。レソトの初期の作家トマス・モフォロを紹介した『トマス・モフォロの作品――紹介と批評』The Works of Thomas Mofolo; Summaries and Critiques(1967),19世紀南部アフリカに覇権を確立し,強大な王国を建設したズールーの首長をたたえる長編叙事詩『偉大なる帝王シャカ』Emperor Shaka the Great(1979)など。訪日の回数も多い。(→アフリカ文学シャカ

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