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アフリカ文学 アフリカぶんがくAfrican literature

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アフリカ文学
アフリカぶんがく
African literature

一般にサハラ以南アフリカ地域の,おもにニグロイド系作家による文学をさす。アフリカ文学は,民族諸言語を使って本来的に口頭で語られる口承文学 oral literature; orature(→口承文芸)と,文字を媒体とする書記文学 literatureに区分される。

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世界大百科事典 第2版の解説

アフリカぶんがく【アフリカ文学】


[口承文学と記述文学]
 アフリカ文学には口承と記述の2段階の伝統がある。口承伝統は文化伝播の枢軸として物心両面で共同体の必要を満たし,社会統合の機能を分け持つ。家族間の夕べのだんらん,もしくは一種の職業的カーストの介在が伝承の場をつくり出す。ベニン王国のエド族の場合,2種の語りが区別される。夕べのだんらん(イボタ)は,屋内の中央に位置し祖霊をまつるイクンと呼ばれる聖なる空間で行われ,昔話(オクハ)の知識が競われる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アフリカ文学
あふりかぶんがく

アフリカ文学には非文字文学と文字文学がある。非文字文学とは、神話、民話、英雄叙事詩など、古くから口誦(こうしょう)で伝達されてきた口承文芸のことである。ヨーロッパ近代文明の行き詰まりが顕在化してきた昨今では、これにかわる新しい21世紀の文明の柱となるべきアフリカ的価値体系を、この非文字文学の世界から発掘構築しようとする動きが、とくに1975年以降のアフリカで活発になってきている。M・クネーネの『偉大なる帝王シャカ』、A・K・アーマーの『治療師(ヒーラー)たち』、クラーク・ベケデレモの『オジディ・サガ』、C・ライェの『言葉の守護者』などの、口承文芸を文字化した作品がその一環である。一方、文字文学は、スワヒリ文学、バントゥー文学、ハウサ文学など、イスラム教の影響の強いアラブ文化圏と、西アフリカ沿岸地域および南部アフリカと東アフリカのキリスト教文化圏に二分される。そして現代アフリカ文学という場合、その主流はキリスト教圏文学をさす。[土屋 哲]

アフリカ文学の歴史区分

さて現代アフリカ文学は、旧宗主国の言語により英語圏、フランス語圏、ポルトガル語圏に大別され、このほかに、多人種社会を反映して異質な文学を発達させている南アフリカ共和国の文学がある。アフリカ文学を歴史的に区分すると、次のように4期に分けられるが、1980年代以降はさらに若手の新しい文学の担い手が登場しており、これを第5期とみることもできる。[土屋 哲]
第1期
第1期の文学は、西欧諸国による植民地化が19世紀中葉から始まるにつれて、それと呼応するかたちで発達したキリスト教伝道文学である。そしてその頂点に『チャカ王』(1925)を書いたトマス・モフォロThomas Mofolo(1876―1948)と『千の精霊の生息する森林』(1938)を書いたD・O・ファグンワDaniel Olorunfemi Fagunwa(1903―1963)が位置する。ほかに、古くからあったアムハラ文学に加えて、コーサ、ソト(たとえば、モフォロ)、ズールー(たとえば、ジョルダン・クシュ・ングバネ(グバネ)Jordan Khush Ngubane(1917―1985)とR・R・R・ドロモR. R. R. Dhlomo(1901―1971))、ツワナ(たとえば、ソロモン・T・プラーキSolomon T. Plaatje(1876―1932))などのアフリカ語文学もこのころに発達した。[土屋 哲]
第2期
第2期は、セゼール、サンゴールらを中心に、同化拒否を旗印として1930年代にパリで興ったネグリチュード(黒人性)運動を母体とする文学。フランス語圏がその本舞台で、のちにポルトガル語圏にも飛び火していった。だが1950年代に独立が射程距離内に入るにつれて、ネグリチュード自体がかつての鮮烈な活力を失い、フランス語圏文学も停滞する。ネグリチュード派詩人にデイビッド・ディオプ、ビラゴ・ディオプBirago Diop(1906―1989)、チカヤ・ウ・タムシTchicaya U. Tam'si(1931― )、ジャック・ラベマナジャラJacques Rabmanajara(1913― )、ポルトガル語圏ではフランシスコ・ホセ・テンレイロFrancisco Jos Tenreiro(1921―1963)、オスカル・リバスOscar Ribas(1909―1990)、アゴスティニョ・ネトAgostinho Neto(1922―1979)、マリオ・アンドラーデらがいる。フランス語圏小説家には、黒人性の本質を追究したライェ、チェイク・カネCheiku Kane(1928― )、白人の偽善をコミカルに暴き立てるベティ、フェルディナン・オヨノFerdinand Oyono(1929― )のほかベルナール・ダーディエBernard Dadi(1916― )、ヤンボ・ウオロゲムYambo Ouologuem(1940― )がいるが、権力に抵抗しつねに話題を提供して注目され、また若者に人気のあるのが映画監督としても著名な反骨の作家ウスマン・センベーヌである。[土屋 哲]
第3期
第3期、1960年代以降の文学の主役は英語圏に移る。ここでは小説が中心で、ダニエル・ファグンワ、チュツオーラのように神話、民間伝承を素材とする派と、アチェベ、初期のングーキ(グギ)のように近代化の過程での、新しい西欧文明と古い部族主義との激突を悲劇的に描く派(この派はやがて、俗にいうポスト・コロニアル文学の主流を形成するようになる)、エクエンシーのように近代化された都市の退廃を描いたりショインカのように伝統文化と近代文化が同居する独立後のアフリカ社会がもつ不条理性を痛烈に風刺する派の、三つの作風に大別できる。そしてその周辺の小説家にT・M・アルコT. M. Aluko(1918― )、エレチ・アマディElechi Amadi(1934― )、ゲーブリエル・オカラGabriel Okara(1921― )、詩人にターバン・ロ・リヨングTaban Lo Liyong(1939― )、クラーク・ベケデレモ、コフィ・アウーノーKofi Awonor(1935― )、オキボらがいる。[土屋 哲]
第4期
第4期の1970年代に入ると、たとえばショインカに代表される前記第3期の作家たちを、現実社会の諸悪から目をそらし「過去」と「神話」の世界に逃避しているとして、第3期第一世代の作家たちに批判的な、1940年以降生まれの作家たちの活動が際だってくる。ナイジェリアのオモトショ、ボデ・ショワンデBode Sowande(1948― )、イシドレ・オペウォーIsidore Okpewho(1941― )、フェスタス・イヤーイーFestus Iyayi(1947― )、フェミ・オショーフィーサンFemi Osofisan(1946― )、ガーナのオカイ、ソマリアのヌルディン・ファラーNuruddin Farah(1945― )らで、彼らは社会正義を旗印に現実社会の腐食の構造と対決し、社会変革を迫るリアリストたちである。ケニアの場合ムワンギ、サミュエル・カヒガSamuel Kahiga(1946― )、それにネオ・コロニアリズム(新植民地主義)との対決を作家信条としているングーギもこの類に入る。またングーギ、ショワンデらの民衆の実生活に深く根を下ろした演劇運動、セネガル人の間での俳句熱の高まり、オモトショ、ングーギがそれぞれヨルバ語、ギクユ(キクユ)語で小説を書き出したことなどは、スティブ・ビコの黒人意識運動と連動するかたちでの、民衆の意識革命を促す動きとして注目を引く。一方、エファ・サザランドEfua Sutherland(1942―1996)、グレイス・オゴトGrace Ogot(1930― )、ヘッド、アマ・アタ・アイドウAma Ata Aidoo(1942― )、ミチェレ・ムゴMicere Mugo(1942― )、ブチ・エメチェタBuchi Emecheta(1944― )、マリアマ・バーらによる男権至上主義社会に批判的な女性文学も確実に育ってきており、またナイジェリアのケン・サロ・ウィワKen Saro-Wiwa(1941―1995)、ケニアのデイビッド・マイルーDavid Maillu(1939― )、ムワンギ・ルヘーニMwangi Ruheni(1934― )、チャールズ・マングアCharles Mangua(1942― )ら、この時期は大衆(娯楽)文学の発達も目覚ましい。[土屋 哲]
第5期(1980年代以降)
第5期ともいうべき1980年代に入ると、第二次世界大戦終結後に生まれた、さらにひとまわり若い作家たちが新しい文学の担い手として華々しく登場してくる。おりからパレスチナ人のE・W・サイードが、1500年以来連綿として白人が継承し、同時に世界を支配してきた白人優位のユーロセントリズムEurocentrism(ヨーロッパ中心主義)とパトリアキーPatriarchy(家父長主義)に反旗を翻して、ヨーロッパ近代中心の唯我独尊的な知的装置を拒絶する立場を鮮明に打ち出した『オリエンタリズム』(1978)を世に出した。この刺激もあって、1980年代の若い作家たちは、「ヨーロッパ中心の世界観からアフリカをみるのではなくて、アフリカ中心の世界観からアフリカをみる」立場を、その作品のなかで鮮明に描き出すようになった。そして、このアフリカ中心の世界観を彼らは、アフリカに固有の豊潤な口承文芸の世界から、あるいは一般民衆のマーケット(市場)でのさりげない日常会話のなかから、汲(く)み取ろうとするのである。そんな作家にガーナのK・アニィドーホKofi Anyidoho(1947― )、ナイジェリアのT・オジャイデT. Ojaide(1948― )、N・オシュンダーレN. Osundare(1947― )、B・オクリB. Okri(1959― )、O・オフェイマンO. Ofeimun(1950― )、女性作家T・オンウェメT. Onwueme(1955― )、Z・アルカリZ. Alkali(1950― )、ケニアのF・D・イムブガF. D. Imbuga(1947― )がいる。古い世代ではアチェベがこの立場にたつことを明言しており、また、1980年に独立したジンバブエからは、C・ムンゴシC. Mungoshi(1947― )、M・B・ズイムニャM. B. Zimunya(1949― )、C・ホーベC. Hove(1956― )、D・マレチェラD. Marechera(1952―1987)、S・チノディヤS. Chinodya(1957― )、T・ダンガレムバーT. Dangarembga(1959― )ら同類の作家が数多く登場するようになった。さらに、バンダ政権の圧政に身を挺(てい)して抗議するマラウィの詩人J・マパンジェJ. Mapanje(1944― )、F・M・チパシュラF. M. Chipasula(1949― )とともに、南部アフリカの文学界がこの時期、とりわけ活況を呈していることも注目していい。そして、この多彩さは、「ポスト・コロニアル」として、一括してくくりきれるものではない、奥行きの深さを示していることも、付言しておきたい。[土屋 哲]

南アフリカ共和国の文学

南アフリカ共和国の文学は、古くは、S・ブラックStephen Black(1880―1931)、J・P・フィッツパトリックJ. P. Fitzpatrik(1862―1931)などの、白人にとって古きよき時代であった南アの人間模様を描いた作品もあるが、主流はやはり男女間の性の差別、異人種間の性交、雑婚を主テーマとする白人系にまず開花し、オリーブ・シュライナーOlive Schreiner(1855―1920)の『アフリカ農園物語』(1883)を始祖として、ウィリアム・プルーマー、アラン・ペイトン、ナディン・ゴーディマ、J・M・クッツェー、ロレンス・ファン・デル・ポストLaurens Van der Post(1906―1997)、ダン・ジェイコブスンDan Jacobson(1929― )、ローデシアを舞台としたドリス・レッシングら、人種差別の実態とそれがもたらす人種間の相互恐怖、憎悪を描きながら融和の可能性を追求する文学を展開する。また差別の滑稽(こっけい)さをリアルに舞台で上演する劇作家にフガード(フュガード)がいる。
 一方、アフリカーナー(オランダ系白人)たちは、自然を畏怖(いふ)し、神の国にあこがれるカルビニズムに根ざしたアフリカーンス語による優れた詩を生み、なかでもJ・D・トティアスJ. D. Totius(1877―1953)、N・P・ウイク・ロウN. P. Wyk Louw(1906―1970)が傑出している。またボスマンは、新天地開拓民の刻苦に満ちた炉辺小咄(ろへんこばなし)を英語で小説につづり、「南アのマーク・トウェーン」と称せられている。一方、詩人のブレイテンバッハ、作家のアンドレ・ブリンクAndr Brink(1935― )などにみられるように、アフリカーナーのなかから、人種差別を内部告発する作品をアフリカーンス語で書く作家が現れるようになり、注目されている。
 非白人・黒人系文学は、一貫してアパルトヘイト(人種差別)に抗議する抵抗の文学で、1960年のシャープビル事件、続く非常事態宣言を契機に、世代間で大きく変質する。つまり、1940、1950年代を代表するムパシェーレ、エーブラハムズに比べて1960年代以降に活躍するラ・グーマ、リーブ、クネーネ、ルイス・ンコーシLewis Nkosi(1936― )、ジェイムズ・マシューズJames Matthews(1929― )、N・ンデベレN. Ndebele(1948― )らは、在来の非暴力闘争に終止符を打ち、アパルトヘイトに対してむき出しの敵意を作品に表現する。そのために作品はすべて発禁処分を受け、やがて1970年代にはオズワルド・ムチャーリ、モンガネ・セローテMongane Serote(1944― )に代表される「詩の時代」が訪れる。詩語だと、現実を抽象・象徴化でき、検閲の法の目をくぐることができるからである。とりわけ1976年のソウェトの蜂起(ほうき)は、南アの詩をさらに大きく変質させ、シポー・セパームラSipho Sepamla(1932― )を含めて、ソウェトで犠牲になったいたいけな学童に捧(ささ)げる優れた詩が数多く生まれている。
 ところで、アパルトヘイト法は1991年に廃棄され、1994年に民族融和を目ざすマンデラ黒人政権が誕生した。長い人種対立で荒廃した、「虹(にじ)の国」南アフリカ共和国をいかにして建て直し、楽土に仕立て上げていくかがいま問われている。文学は、そのために何ができるのか。アフリカ民族会議(ANC)文化局の屋台骨を背負うセローテをはじめ、M・V・ムザマネM. V. Mzamane(1948― )、M・マポニヤM. Maponya(1951― )、Z・ムダZ. Muda(1948― )ら黒人作家、およびC・ホープC. Hope(1944― )、A・ダンゴールA. Dangor(1948― )ら白人作家、それにインド系作家A・エソップA. Essop(1931― )らに厳しく問われている課題である。
 なおダーディエ、サンゴール、アチェベ、ングーギ、ラ・グーマ、オカイ、クネーネ、ショインカ、それに白人系作家のプルーマー、ファン・デル・ポスト、ゴーディマらが来日している。[土屋 哲]
『土屋哲著『近代化とアフリカ』(1978・朝日新聞社) ▽土屋哲著『現代アフリカ文学案内』(1994・新潮社) ▽福島富士男著『アフリカ文学読みはじめ』(1999・スリーエーネットワーク) ▽N・ゴーディマ著、土屋哲訳『現代アフリカの文学』(岩波新書)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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