英雄時代(読み)えいゆうじだい(英語表記)heroic age

翻訳|heroic age

精選版 日本国語大辞典 「英雄時代」の意味・読み・例文・類語

えいゆう‐じだい【英雄時代】

〘名〙 英雄叙事詩の背景となった時代。ほぼ原始共同体社会から国家社会への過渡期にあたるとされる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「英雄時代」の意味・わかりやすい解説

英雄時代
えいゆうじだい
heroic age

ホメロス叙事詩に、自由な戦士団の指導者としての英雄(ギリシア語でヘロスhēros)が活躍するところから、ヨーロッパにおいて叙事詩の背景をなす時代をさしていた。英雄時代の認識は、18世紀イタリアの哲学者ビコから始まるが、ヘーゲルは、世襲王制は確立せず、自由で個性的な貴族が活躍し、その背後の社会集団たる人民もまた独立的個性を失っていない時代だとし、マルクス主義史学は、原始共同体から階級社会への過渡的段階としてこれを規定した。この変革期にアキレウスなどの英雄的な人間が現れ、その活躍は英雄叙事詩という文学的形式で残されると考えられた。とすると、ギリシアだけではなく、原始から古代への過渡期に英雄叙事詩が残されている諸地域において英雄時代の設定が可能となり、ゲルマンケルトの英雄詩や北欧の『エッダ』、メソポタミアの『ギルガメシュ物語』などを生み出した社会背景を探り、そこに英雄時代を求めようとする動きがおこらざるをえない。

[土井正興]

日本・東洋の英雄時代

日本においても、ヘーゲルの指摘を手掛りにして、原始から古代への過渡期に英雄時代を設定しようとする提起が石母田正(いしもだしょう)によってなされた。その意図は、一面では、世界史の法則の普遍性の貫徹の日本における立証を、他面では、英雄時代後、なぜギリシアは民主政に帰結するのに、日本が古代専制国家になるのか、その理由を英雄時代の特殊性のなかに求めることにあった。その時期は3~5世紀に設定されたが、古代貴族がホメロスのような叙事詩的英雄を生み出しえなかったところに、彼らが天皇家に隷属せざるをえない弱さがあるとされた。日本武尊(やまとたけるのみこと)が「英雄」かどうかという論議も激しく行われたが、この時期がデスポティック(専制的)な総体的奴隷制への傾斜の時期であるとして、英雄時代の設定に対する否定的反論も提起された。

 1948年(昭和23)から50年代初期にかけての日本における英雄時代論議のなかで、中国、インドにおける英雄時代が問題となったが、中国については、英雄叙事詩は存在せず、中国での研究でも英雄時代についての提起がなかったとされ、インドについては、叙事詩『マハーバーラタ』に現れた時代と社会が問題になるとされた。その転換期は紀元前9世紀とされるが、英雄たちによる国家統一を記録した叙事詩そのものは700年後の統一国家(マウリヤ朝)で作成され、それを媒介としてインドの民族意識と結び付いている。

[土井正興]

ギリシアの英雄時代

原始社会から階級社会への過渡期としてのギリシアの英雄時代は、初めはホメロスの社会と一致するものと考えられていた。しかし、ミケーネ社会の発掘、調査が進むなかで、ミケーネ社会とホメロスの社会とが英雄時代のなかにどのように位置づけられるかが問題とならざるをえない。ミケーネ文字の解読、ミケーネ学の成果を摂取しつつ、この問題に精力的に取り組んだ太田秀通(ひでみち)は、ミケーネ社会を解明するなかで、ミケーネ社会が古典古代国家形成の前段階にある階級社会であると考え、原始社会からミケーネ社会への過渡期に、原始共同体を脱却するための「第一の英雄時代」を設定し、ミケーネ社会が崩壊して、ポリス社会が成立するまでの、いわゆるホメロスの社会に、「第二の英雄時代」を設定した。この「第二の英雄時代」は、ミケーネ共同体からポリス共同体への移行期であるとした。

 このホメロスの英雄像に反映する第二の変革の時代は、第一の時代への逆戻りではなく、その発展構造、共同体の形態など、より高い段階での再出発を画する時代であると考えた。この社会での共同体の一般成員は、絶えざる戦争のなかで、働く自由人であっただけでなく、戦士であり、王や貴族が共同体の代表的成員であったが、それに隷属せず、人格的に独立した戦士団であり、このホメロス期の共同体の性格のなかに民主政への基礎があったとした。ここには、英雄時代を原始から古代への過渡期とする把握と、英雄時代をホメロス社会と等置する把握の双方を満足させようとする苦心が表現されている。

[土井正興]

『太田秀通著『ミケーネ社会崩壊期の研究』(1968・岩波書店)』

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改訂新版 世界大百科事典 「英雄時代」の意味・わかりやすい解説

英雄時代 (えいゆうじだい)
Heroic Age

一般に,英雄叙事詩をもとにして構想され,原始社会から階級社会,国家の形成に移行する過渡期として設定された時代のこと。〈英雄〉という言葉に相当するヨーロッパ語hero,hérosなどは,ギリシア語のヘロスhērōsから出た。この語はもと神と人間から生まれた半神を指したが,知力や体力や戦技において常人に卓越したものをもつすぐれた人間を,さらには英雄たちの実在が信じられた時代の自由人一般を指す言葉ともなった。ホメロスの詩に活動するギリシアとトロイアの勇士たちは英雄の典型と考えられた。前700年ごろのヘシオドスは《農と暦(仕事と日々)》の中で,人間の歴史を,金・銀・銅・英雄・鉄の人間が次々に出現した五つの時代としてとらえ,英雄はテーバイ攻撃やトロイア攻撃で死に,その中の一部は〈福者の島〉で幸福な生活を営んでいると歌った。これは英雄時代を現代の前にあった歴史的時代の一つとしてとらえる最初の考え方であった。この場合,英雄とはホメロスの叙事詩の中で活動する王たちとそのまわりの戦士たちにほかならなかった。18世紀のイタリアのビーコ,19世紀のドイツのヘーゲルなどの英雄時代論も,ホメロスの英雄たちの活動する社会とその非日常的世界とを,歴史上実在した時代と仮定することによって設定された時代であった。それだけでなく,イギリスのチャドウィックH.M.Chadwickの《英雄時代》(1912)およびそれ以後の歴史家による英雄時代論は,英雄時代の特徴をホメロスの叙事詩からひき出し,それを理念型として,シュメールやイスラエルやインドやゲルマンや日本の国家形成前夜の状態をそれに対比しうるものとみなすという点で共通していた。ところがホメロスの叙事詩の英雄の世界を一つの歴史的時代とみなすことそれ自身に問題があったことは,1952年イギリスのベントリスによるミュケナイ文書(正しくは線文字Bで書かれた文書)の解読によって証明された。

 ホメロスの英雄が活動する背景をなしている社会状態は,基本的には,部族連合の首長を王とし,共同体の貴族層が評議会を構成し,王や貴族を含む共同体の一般成員が民会を構成し,したがって国家成立以前のそれであるが,ホメロスの英雄たちの時代そのものはミュケナイ時代末期(前1200年ごろ)である。ところが,考古学的遺物とミュケナイ文書が明らかにしているミュケナイ時代末期のギリシア人の諸王国の社会は,青銅器文明の高度な発達を背景に,王が全国の村々に,農産物や畜産物のほか,金などの貢納を義務づけ,小規模ながら官僚制をもってこの義務の履行を監視している,すでに国家といいうる支配体制が形成されている段階の社会であった。したがって,ホメロスの詩句の中に,貢納制を示唆するものが1~2例あるものの,ホメロス的社会と現実のミュケナイ時代の王国社会とは,根本的に異なるものであるといわなければならない。とすると,ホメロス的社会の特徴は,ミュケナイ文明の崩壊後,ホメロスの叙事詩がほぼ今日の形にできあがったと推定される前8世紀ごろまでの間に,詩人によって古い詩に修正や追加の手が加えられてつくりだされたものだと考えるほかなくなるのである。とすれば英雄時代とは具体的にはギリシア史上のどの時代を指すのかという根本問題が残ることになる。前8世紀とはギリシア史上,暗黒時代末期であり,ギリシア各地にポリスとよばれる貴族政の都市国家が生まれてきた時代である。したがってホメロスの英雄たちはミュケナイ時代末期に属するが,彼らが活動する社会の主要な特徴は暗黒時代末期のポリス形成前夜の社会のそれであるということになる。とすると,英雄時代の社会状態は,ギリシア史に関する限り,原始社会から国家が形成されてくる時代のそれではなく,貢納王政諸国家が崩壊した後の,そしてポリス国家が形成されてくる時代のそれである,ということになる。英雄時代論はこの事実を前提として考え直されなければならないのである。
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山川 世界史小辞典 改訂新版 「英雄時代」の解説

英雄時代(えいゆうじだい)
Heroic Age

英雄叙事詩の典型であるホメロスの詩に描かれる英雄が実在したと信じられた時代をもとにして,一般に神話・伝説の時代から歴史時代への過渡的な一時代として設定された。ヘシオドスが歴史を金,銀,銅,英雄,鉄の5時代に分けたのが,英雄時代を歴史の一時代として考えた最初である。近代歴史学の発展とともに,ホメロス的世界の特色を,ゲルマンの叙事詩やシュメール人,旧約聖書の叙事詩にも認め,原始的民主政が生きていた時代をさして英雄時代と呼ぶようになった。英雄は大小の族長または王である。

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