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原始社会 ゲンシシャカイ

デジタル大辞泉の解説

げんし‐しゃかい〔‐シヤクワイ〕【原始社会】

原始時代の社会。
近代・現代における未開民族の社会。→未開社会

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百科事典マイペディアの解説

原始社会【げんししゃかい】

人間が経験した最初の社会構成体をさす場合と,文明社会に対して未開社会をさす場合がある。前者においては奴隷制社会封建社会資本主義社会と異なり,生産手段の共有,生産物の平等分配が行われる。

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世界大百科事典 第2版の解説

げんししゃかい【原始社会】

原始社会という語には二つの意味がある。一つはいわゆる先史時代の社会をさし,人類の誕生から文字と金属器の使用,都的・階級的な国家の成立などによって代表される古代文明という段階にはいる前までの時期の社会がこれにあたる。他は文明とよばれる世界のそとに生活する現存の未開民族ないし自然民族の社会をさす。この二つはそれぞれ別個の概念であって,しかも互いに無関係ではない。なぜなら,最古の文明が地球上のある地域に形成されたのちも,他の大部分の地域では,文明以前の原始の生活がつづいていたわけであるから,もしその一部が,文明が世界中にひろがった今日まで,たまたま辺地などにひきつづき残存したとすれば,それは現在に残る歴史以前の原始社会ということになる。

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大辞林 第三版の解説

げんししゃかい【原始社会】

原始時代の社会。文明化されていない社会。
文字をもたず、採集狩猟や遊牧に依存する社会。未開社会。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

原始社会
げんししゃかい

無文字社会」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

原始社会
げんししゃかい

原始的生活が営まれている社会、または原始的な文化段階にある社会をいう。

語義

「原始」という語は古くから中国にあったが、『易経』(繋辞(けいじ)上)に「原始反終」とみえるように、「始めを原(たず)ねる」、「根原を推し究める」という意味をもっていた。武内義雄(たけうちよしお)の名著『老子原始』(1928)は、「原始」をその意味に用いた例である。近代に至って中国や日本では英語のprimitiveの訳語として「原始」(形容詞)、「原始的」の語が採用され、「原始」に「元始」という意味が加わった。
 英語のprimitiveやフランス語のprimitifなどは、ラテン語のprimitivus(「最初の」「初期の」)に由来している。ローマ人は、「野蛮な」を意味することばとしてferusまたはギリシア語からきたbarbarusを用いたけれども、primitivusという語をそのような意味には使わなかった。ギリシア、ローマ人は、彼らの祖先たちも、最初は周辺の野蛮人と同じように、粗野な状態にあったと考えていた。そして重要な点は、この思考は中世のヨーロッパ人に受け継がれていたことである。このヨーロッパ人が16世紀以来しきりに海外に進出し、アフリカ、アメリカ、オセアニアなどの各地で幾多の未開民族に接するようになると、これら諸民族の文化ないし社会は遠古の人間のそれらに類するとみなし、その未開状態を形容する語としてprimitiveということばを用いるようになった。もっとも注意されるのは、この「原始的」という形容詞が、近代の文明人の祖先と現存の未開民族の両方に関して使用されたことである。つまりprimitive, primitif, primitiv(ドイツ語)の語は、中世・近代のヨーロッパ人によって、低度の文化、低級な社会を、新古の別なく漠然とさす形容詞として用いられるようになった。こうした使用例は、イギリスにおける人類学的研究の基礎をつくったタイラーの名著『原始文化』Primitive Culture(1871)に端的に認められる。彼の方法論は、現在の未開民族のなかに、文明人の祖先たちが通過した遠古の文化諸要素の「残存」survivalsを捜し求め、それらを総合して文明人の「初期の歴史」early historyを再構成しようとすることにあった。[角田文衛]

「原始社会」の諸概念

それならば、「原始的」とは具体的にどのような状態をさすのであろうか。この問題は、ヨーロッパやアメリカの文化人類学者や民族学者たちの間で盛んに論議されたが、結局、「原始的」という語は、国家生活が営まれていないか、営まれてはいてもまだ部族国家tribal stateの域を脱せず、社会は共同体的規制が厳しく、文字はまだ使用されず、貨幣経済も行われなく、冶金(やきん)術は採用されていても未発達である状態を形容する語として落着するに至った。ドイツ、オーストリアの学者たちは、「自然民族」Naturvlkerの語を「原始民族」と同意義に使用することもあった。「未開の」uncivilizedの語も、「原始的」とほぼ同じような意味であるが、このほうは近代の低級民族に適用されることが多かった。
 1887年、アメリカのモーガンは、名著『古代社会』Ancient Societyを公にした。このなかで彼は、歴史を未開時代と文明時代に大別し、未開時代をさらに「蒙昧(もうまい)」savageryと「野蛮」barbarismの2段階に細分した。この考え方はエンゲルスに強く影響し、彼を通じてソ連の歴史学界にも継承された。
 タイラーやモーガンといった19世紀の人類学者、民族学者たちは、近代の未開社会と文明人の遠古の社会とをほぼ同質のものとみなしていた。そして未開社会それ自体を究明するためというよりも、文明人の遠古の社会を再構成する手段として調査した。20世紀に入ってからも、この方法論は、ドイツ、オーストリアの歴史民族学派の学者たち(グレープナー、ウィルヘルム・シュミットら)によって支持・練磨された。彼らの見解によると、近代の未開諸民族は、文化の複合体の型によっていくつかの文化圏Kulturkreisに分類されるが、これらの文化圏を発展的系列に並べると、遠古史の発展の諸段階が明らかになるというのである。
 前述のような進化論的また歴史民族学的な原始社会の研究は、遺物・遺跡の研究調査を通じて遠古の文化や社会の究明に著しい寄与をもたらした考古学と、新たに興隆した機能主義的民族学functionalistic ethnologyの挟撃にあって、方法論的に否定されるようになった。つまり民族学は、諸民族の社会や文化そのものを研究することを目的としており、遠古の社会を究明するための手段として研究さるべきではない、というのが新しい民族学(機能主義に始まり、複合形成論configurationismを経て現在の民族学に至る)の基本的な主張なのである。これらの新しい民族学者たちの間でも、「原始的」の語は用いられているけれども、それは早くアメリカのローウィの名著『原始社会』Primitive Society(1920)に明示されているとおり、近代の未開諸民族に関して使われているのである。
 遠古の社会と近代の未開諸民族の社会との間には、文化が低級であるという点で幾多の共通性が存するから、一方の研究が他の研究成果を参酌することは当然であるが、両者はいちおう別々に研究されるべきであるというのが、1940年代以後における欧米学界の著しい傾向となっている。
 近代の未開民族の社会は、その停滞性と外来のより進んだ文化ないし民族との接触とによって、遠古の社会に比べてひずみが大きく、複雑な様相を呈している。それゆえ、単に文化が低級であるという理由だけで、両者を「原始的」なる概念のなかに押し込めることは無理であるし、それは学問的な厳密さを欠く結果を招く。つまり「原始的」という用語は、一般概念(単に文化の低級性を意味するだけの)であって、歴史的概念ではないのである。
 遠古の社会は、少なくとも200万年に及んでおり、その悠久な期間には、いくつかの発展段階が認められる。狩猟、採集、漁労による獲得経済に生きた時代がもっとも古く、かつもっとも長い期間を占めたが、これにも、(1)火の使用を知らない時代、(2)まだ弓矢を考案しない時代、(3)弓矢を知って単独狩猟が行われ、かつ漁労が営まれた時代、といった細別がある。これに続いて、農耕、牧畜が始まり(生産経済)、冶金術が行われ始めた初期農耕時代がくるが、近年、こうした初期農耕文化の様相は、オリエントをはじめとして、旧大陸の各地で急速に明らかにされつつある。この方面での研究調査のおもな担い手は考古学であって、民族学の研究成果は、遠古の社会の研究について参考にされるだけである。
 これまで述べたとおり、欧米学界では、「原始社会」という概念は、近代・現代の未開社会について用いられている。遠古の社会には適用されなくなっているから、そこには「原始時代」という用語はみられない。遠古の歴史や社会に関して「原始時代」「原始社会」の語を用いているのは、日本、韓国、中国くらいであろう。ソ連の学者たちは、遠古の社会をさすときは「原初的」первобытный/pervobtny (ロシア語)を、近代の未開社会については「原始的」примитивный/primitivny (ロシア語)という形容詞を用い、両者を厳重に使い分けている。[角田文衛]

日本とアメリカの「原始社会」研究

敗戦時までの日本史の一般的な時代区分は、神代(または先史)→古代→中世……であった。戦後、神話の史実性が否定され、一方では考古学的研究調査が躍進すると、「神代」または「先史」は、「原始」に置き換えられ、原始→古代→中世……といった時代区分が流行をみるに至った。これは、世界における歴史学的研究の動向からすれば、大勢に逆行する時代区分であるといえる。しかも、性格を異にする三つの時代――先土器時代、縄文時代、弥生(やよい)時代――を「原始時代」という一つの概念のなかに押し込めている点には、大きな無理がある。また日本の学者は、マルクスの「原生的共産社会」urwchsige kommunistische Gesellschaftを「原始)共産社会」と訳すことによって大きな過ちを冒している。
 アメリカ大陸では事情がやや異なっている。ここでは、前コロンブス諸文化Pre-Colombian culturesは、旧石器時代後期の前半にはさかのぼらないし、またエジプト、メソポタミア、中国、インドなどにみる王朝文化の段階にまで発展せずに終わった。しかもアメリカの遠古の諸文化は、なんらの断絶ないし溝渠(こうきょ)なしにインディオIndioの諸文化に接続または移行している。つまりアメリカ大陸では、遠古の社会と近代の未開社会の間には区別がみられない。こうした背景のもとに、アメリカでは、形質人類学、いわゆる「先史学」ないし考古学、言語学、社会学、人間生態学human ecology、民族学、心理学、宗教学などを包括した総合学としての(文化)人類学が提唱され、その視点からインディオの古代から現在に至る文化や社会を研究しようとする傾向が顕著である。近年では、インディオの未開文化の研究調査に、新進化論を背景とし、自然科学的な諸方法を駆使した新考古学new archaeologyが大きな役割を果たしつつある。しかしこれらの文化人類学者たちの間でも、アメリカの遠古の社会を「原始社会」としてとらえようとは試みられていないのである。[角田文衛]
『ローイ著、河村只雄訳『原始社会』(1939・東京第一出版社) ▽G・クラーク、S・ピゴット著、田辺義一・梅原達治訳『先史時代の社会』(1970・法政大学出版局) ▽G・ウィリー、J・A・サブロフ著、小谷凱宣訳『アメリカ考古学史』(1979・学生社) ▽林耀華著『原始社会史』(1984・北京・中華印局)』

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世界大百科事典内の原始社会の言及

【古代社会】より

…またそのことと関連して,日本列島での原始・古代の歴史発展は中国や朝鮮半島での先進文化の存在がたえず前提条件になっており,日本の社会の変化も,このような大陸からの外来的要因をたえずふくみつつ行われたことである。
〔採取・狩猟・漁労を中心とする社会〕
この段階の原始社会は,先土器文化の時代と縄文文化の時代にわけられる。
【先土器文化の社会】
 先土器文化の時代は前3万年前から前1万年前後までで,世界史的には旧石器時代の後期に相当するといわれている。…

※「原始社会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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