農村教育(読み)のうそんきょういく

改訂新版 世界大百科事典 「農村教育」の意味・わかりやすい解説

農村教育 (のうそんきょういく)

農村社会において,農業農民生活の近代的・合理的発展に資するような教育活動の総称。学校教育と社会教育でそれぞれ独自にまたは相互に関連しながら行われる。そこには資本主義発達にともなう工業と農業あるいは都市と農村矛盾対立という固有の問題があるが,日本の場合には,地主制と家族労働的小農経営のなかで温存され,しかも国家主義政治体制のもとで不断に再編強化された共同体的秩序意識が,農村社会の近代化と民主化をさまたげてきた。

 第2次大戦前,公教育として行われた農村教育は,学校教育では複線型の閉鎖的な学校体系のもとで,その教育内容が農民の必要とする日常の知識・技術と隔絶しており,科学的合理的な思考と訓練が不十分であった。一方,社会教育では体制的危機回避をめざして共同体的秩序保持のための国民教化策が貫かれ,青年団,婦人会,農会,産業組合などを指導して展開された明治期末の地方改良運動や昭和初期の農山漁村経済更生運動にその典型例がみられる。民間では,加藤完治らの日本国民高等学校などの塾風教育が登場して強力な農民錬成が試みられるが,満蒙開拓事業に直結していったように国家主義的性格がいっそう強いものであった。農業生産の矛盾の解決と,近代的人権意識の形成をねらう教育活動は,大正期に農民組合の手で行われた農民学校や長野県を中心として組織された自由大学運動にみられるように,体制批判の運動としてしか存在しなかった。第2次大戦後の教育改革のなかではじめて本来的な理念に立つ農村教育が組織されることになった。つまり,農地改革の実施のあとを受けて,農村に対して技術指導と生活改善を通しての普及活動が農林省を中心に持ち込まれ,またさまざまな民間の文化団体による民主主義の啓蒙活動が行われ,これらが一応農村教育の実体をなしていた。しかし,学校教育においては,高度経済成長下の農業教育軽視と受験競争の激化のもとで,その地位は低められ,青年団や婦人会あるいは公民館を拠点として広範な広がりを見せた生産技術の向上や生活合理化をめざす学習も,日本社会全体の急激な都市化・工業化による農村社会の急激な変化の下で停滞を余儀なくされている。

 しかし1960年代に信濃生産大学をはじめ各地に組織された農民大学運動は,生産技術,経営,流通,価格,農政の各領域にわたる高い水準の学習活動を農業生産の実際の経験に根ざして展開し,農業の自立的発展の方向を,日本の経済,政治,文化,教育のあり方とかかわらせて問い,本格的な農業教育を農民の自己教育運動として発展させた。農村社会の著しい変容にともない,農村教育全体の再編成には困難な課題が多いが,日本経済の自立的発展にかかわる食糧自給率の向上や価格・流通の合理化,安全で健康な食生活の確保など,今後の農村教育は広い視野をもつ農業問題教育として展望される必要がある。
農業教育
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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