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『三国志演義』の登場人物 さんごくしえんぎのとうじょうじんぶつ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

『三国志演義』の登場人物
さんごくしえんぎのとうじょうじんぶつ

三国志演義』が成功を収めた原因の一つに、五代史語りには欠けていた強烈な個性の存在があげられよう。以下にその代表的な人物、ただしあくまでも小説におけるそれの簡単な紹介を試みる。
劉備(りゅうび)
 後漢(ごかん)王朝の末裔(まつえい)。三国のなかではもっとも弱小な蜀漢(しょくかん)を建てる。実在の劉備は乱世の英雄だが、小説は意図して仁徳を備えた君子人として描いている。しかし曹操(そうそう)に攻められ樊城(はんじょう)を逃れる際、徳を慕って付き従う百姓を棄(す)てて行軍するに忍びず全軍壊滅の憂き目にあったにもかかわらず、趙雲(ちょううん)の活躍でようやく救われたわが子を諸将の前で地面に投げ付け、「この小わっぱのために、あっぱれ大将を失うところであった」というところなどは作為にすぎ、ためにその人柄は「長厚(なさけぶか)いが偽(いつわり)に似る」とも評される。人物形象としては失敗に終わったといってよかろう。全体として『水滸伝(すいこでん)』の宋江(そうこう)、『西遊記(さいゆうき)』の三蔵法師に比すことができる。
関羽(かんう)
 諸葛孔明(しょかつこうめい)と並び、『三国志演義』の象徴ともいえる人物。かつて恩義を受けた曹操(そうそう)を厳しい軍律を覚悟のうえで逃がす「華容道(かようどう)」の一段はその義を余すところなく表現しており、出色のできばえといえよう。民衆はそのいちずな精神に感動し、関公、関聖帝とよび、神としてこれをたたえた。
張飛(ちょうひ)
 関羽とつねに対比され、「平話」においてはむしろ関羽以上の比重をもって語られていた人物。教養のない粗野な、しかし愛すべき乱暴者に描かれる。『水滸伝(すいこでん)』でいえば李逵(りき)にあたろう。その性格は、酒を飲んで部下をむやみに殴りつけ、ために寝首をかかれたというその死にざまにもっともよく表れている。
諸葛孔明(しょかつこうめい)
 劉備(りゅうび)の軍師。名は亮(りょう)。呉(ご)の周瑜(しゅうゆ)、陸遜(りくそん)、魏(ぎ)の司馬懿(しばい)などの知謀の士のなかでも飛び抜けた人物に描かれる。赤壁の戦いにあたり、霧を予知し、一夜にして10万本の矢を得て周瑜の鼻をあかし、泰然自若として一人城門を開けて琴(きん)を弾き、伏兵を警戒した司馬懿に兵を退かせるなど、その知を記す逸話には事欠かない。しかし東南の風を七星壇に祈ったり、五丈原に自らの命の長らえんことを死をつかさどる北斗星に祈ったりするところから、「智(ち)は多いが妖(よう)に近い」とも評される。とはいえ、関・張亡き『三国志演義』を支えた功績は見逃せない。
曹操(そうそう)
 魏(ぎ)の実質的建国者。その死後、後漢(ごかん)の献帝を廃して魏の文帝となった長子の丕(ひ)により武帝と諡(おくりな)される。『三国志演義』では悪玉として位置づけられている。その人物形象は、父の義兄弟呂伯奢(りょはくき)の家族を誤って殺し、それを承知のうえで酒を買いに行って戻ってきた伯奢までも生かしておいてはめんどうと殺したおりに吐いた「自分は天下の人の義に背くとも、天下の人を自分に背かせはしない」ということばに集約的に表現されている。悪玉としては十分成功している。政治家としての評価は高い。
孫権(そんけん)
 天の時を得た魏(ぎ)、人の和を得た蜀(しょく)に対し、江東という地の利を得て呉(ご)を建国した英雄。『三国志演義』では劉備(りゅうび)の善と曹操(そうそう)の悪に挟まれ、明確なる性格づけがなされていないうらみがある。

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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