日本大百科全書(ニッポニカ) 「いろは歌」の意味・わかりやすい解説
いろは歌
いろはうた
すべてのかなを、同じかなを繰り返さずに読み込んだ、七五調の今様(いまよう)の形式をとった47字の歌。通常は各仮名を、清音で1字1字別々に読むが、歌の意味にそって漢字をあて、濁点をつけると、次のようになる。
色(いろ)は匂(にほ)へど 散(ち)りぬるを
我世誰(わがよたれ)ぞ常(つね)ならむ
有為(うゐ)の奥山(おくやま)
今日(けふ)越(こ)えて
浅(あさ)き夢見(ゆめみ)じ 酔(ゑ)ひもせず
中世以後、最後に「京」の字を添えることがしばしばあるが、その起源は明らかでない。「いろは歌」の製作年代は、ア行のエとヤ行のヱを区別していない点、歌の形式などから平安時代中期以降と考えられ、その点で弘法(こうぼう)大師の作という古来からの説は否定されるべきである。現存する「いろは歌」のなかで最古のものは承歴本(しょうれきほん)『金光明最勝王経音義(こんこうみょうさいしょうおうきょうおんぎ)』(1079写)に記載された万葉仮名によるものである。これを含め、古い時代の「いろは歌」は、みな辞書や仏教関係の書物に記されたものばかりであり、この点から、僧侶(そうりょ)によって音韻の学問的研究を目的としてつくられたものと考えるのが、近時の研究動向である。のちには、おもに手習い用の手本として用いられるようになるが、それは当初の製作目的ではなかったと考えられる。近代まで、辞書の語彙(ごい)の配列の順序などに利用され、その影響は大きかったが、ほかに「歴史的仮名づかい」における仮名の使い分けの根拠として用いられ、その面での影響は現在も続いているといえる。なお、「いろは歌」に先行する同類のものとして「たゐにの歌」や、ア行のエとヤ行のヱを区別して48字ある「あめつち」が知られている。
[近藤泰弘]
『大矢透著『音図及手習詞歌考』(1918・大日本図書/復刻版・1969・勉誠社)』▽『小松英雄著『いろはうた』(中公新書)』▽『高橋愛次著『伊呂波歌考』(1974・三省堂)』