法社会学(読み)ホウシャカイガク(英語表記)sociology of law
Soziologie des Rechts[ドイツ]
Rechtssoziologie[ドイツ]
sociologie du droit[フランス]
sociologie juridique[フランス]

デジタル大辞泉 「法社会学」の意味・読み・例文・類語

ほう‐しゃかいがく〔ハフシヤクワイガク〕【法社会学】

法を他の社会現象との関連において考察し、法の機能・構造などを社会学的な方法・理論により経験科学的に研究しようとする学問。

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精選版 日本国語大辞典 「法社会学」の意味・読み・例文・類語

ほう‐しゃかいがく ハフシャクヮイガク【法社会学】

〘名〙 法を歴史的な社会現象としてとらえ、政治、道徳、宗教、家族などと関連させながら、その成立、発展、消滅にいたる過程などを分析研究する学問。ドイツのマックス=ウェーバーオーストリアエールリヒなどが貢献した。

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改訂新版 世界大百科事典 「法社会学」の意味・わかりやすい解説

法社会学 (ほうしゃかいがく)
sociology of law
Soziologie des Rechts[ドイツ]
Rechtssoziologie[ドイツ]
sociologie du droit[フランス]
sociologie juridique[フランス]

法社会学は,実用法学の長い伝統の中から,それを批判するものとして生まれた比較的新しい学問である。実用法学は,国家権力の執行,すなわち立法,司法,行政という実用目的のために,実定法(制定法,判例法,慣習法)を構成する法規の定立に関する立法学と,法規の内容の確定とそれらの相互関係の調整に関する法解釈学とからなる応用的学問である。したがって実用法学は,法という社会現象すなわち法現象を,その実用目的の範囲内で,限られた側面においてのみ研究するものである。これに対して法社会学は,法が社会の中から,なんのために,どのような経過を経て生まれてきたか,それが何を担い手としてどのように作動し,現実にどのような社会的結果を生じているか,さらにその結果が法自体にどのようなはね返りを見せるのか,という法の生成,展開,変化,消滅の全過程を実証的に研究しようとするものである。かくして法社会学を定義するならば,それは法という社会現象,すなわち法現象の総体を研究対象とし,その現実の姿と,それを貫く法則性を実証的に明らかにしようとする社会科学である。法社会学を,社会学の一部門,ないし社会学と法学とが結合した学問とみる見方もあるが,日本では法学の一部門とする考え方が強い。

新しい学問としての法社会学が生まれるためには,伝統的な実用法学と異なる新しい法現象の見方が必要である。それは,近代社会の形成と発展の過程において,重要な社会的変化に対応する法現象の激しい変動を契機として生まれ,法社会学の生成を促した。まず,市民革命ないし近代市民国家の成立の前後において,これに即応する制定法とくに法典の編纂の前提として,全体的な法的社会像を描く努力がなされた。フランスのJ.É.M.ポルタリス,ドイツのR.イェーリングO.F.vonギールケ,オーストリアのA.メンガーなどがその例である。

 ついで資本主義の高度な発展により,法と社会とのギャップが顕在化したとき,自由法論を経由して,法社会学が,法社会学という名の下に自覚的な発展を始めた。第1次大戦前後に現れたE.エールリヒの《法社会学の基礎づけ》(1913)やM.ウェーバーの〈法社会学〉(1921年の《経済と社会》の第7章)がその例である。

 さらに1929年の世界恐慌以後,資本主義社会が高度に組織化されるに至ると,社会統制手段としての法の有効性を追求するために,システム分析の方法に基づく法的メカニズムの総体的把握が試みられるに至った。これはウェーバーやR.パウンドに発し,現代法社会学の主要な潮流の一つとなっている。ガイガーTheodor GeigerやルーマンNiklas Luhmannがその例である。

 また異質な社会との接触も,その社会と法の総体的把握の必要性を感じさせた。イギリスH.J.S.メーンB.K.マリノフスキー,アメリカのR.ベネディクトの仕事はその例であるが,これらは植民地統治や占領の必要と結びついていた。

 以上に対して,近代資本主義社会自体を批判するマルクス主義に基づく法の総体的分析も,法社会学の潮流の一つをなしている。

 日本においては,近代社会の形成・発展の過程がきわめて急速であったため,法社会学を生み出す契機もきわめて凝縮した形で現れた。また法社会学の生成・発展において,外国の法社会学の影響も大きかった。まず近代日本の法体系のかなめである明治民法(〈旧民法〉の項を参照)の編纂において,穂積陳重の〈法律進化論〉が重要な役割を果たしたが,それは法の変動の認識とその実践的応用を目的とするものであり,日本における法社会学の源流をなすといえよう。法社会学の自覚的展開は,第1次大戦による社会関係の激変を背景として,現実と遊離した国家法を鋭く批判した末弘厳太郎の研究に始まる。エールリヒの〈生ける法〉(現実に人間の行動を規律している行為規範)の理論は,末弘が国家法と社会的現実とのギャップを認識するうえに重要な役割を果たした。末弘の影響は,平野義太郎マルクス主義法学の研究と,それによる日本資本主義の機構と法律の批判を生み出した。この両者の影響の下に,戒能通孝川島武宜が近代市民社会の研究を基礎として,日本社会の特殊性・前近代性を指摘した。ここには,エールリヒのほかに,ウェーバーやK.マルクスの影響もみられる。異質な社会の研究は,岡松参太郎の台湾・満州の慣行調査,梅謙次郎の朝鮮の慣行調査にみられるが,いずれも植民地統治と結びつくものであった。

 第2次大戦後日本の法社会学は,まず農山漁村と家族の実態調査と歴史的研究に取り組んだ。それらが日本社会の特殊性・前近代性の源泉であり,民主的改革の対象とされるべきであると考えられたからである。しかし,1940年代末から50年代前半にかけて,法社会学の性格と役割をめぐって〈法社会学論争〉が行われたあと,法社会学の研究対象は,労働関係や立法,司法,行政という国家作用にも及ぼされた。さらに1960年代以降,法社会学は,企業,公害,社会保障,医療,農家相続,法意識など,現代社会のかかえる多様な問題に取り組むに至った。そしてこれらの多様な問題を包括する現代の法現象の総体を把握する努力が,マルクス主義的方法およびシステム分析の方法の双方からなされている。

 なお,第2次大戦後はやくも1947年12月6日に日本法社会学会が設立され,法社会学の国内的発展に大きく寄与した。また60年代以降,国際社会学会の法社会学研究委員会を通じて日本の法社会学は,外国の法社会学と直接の接触をもつに至った。

法社会学の研究対象は,法現象の総体である。法現象とは,人間の行動が法規によって規制され,方向づけられて法行動となり,それが一定の型を示す状態をさすものである。これは法的行動様式と呼ぶこともできる。実用法学としての立法学や法解釈学は,法規ないし法規の体系を主たる研究対象とするのに対して,法社会学は,法規がどのような社会関係の中から,なにを目的として作り出され,人間の行動にどのように作用し(法行動),どのような状態,すなわち法的行動様式を作り出したかに関心をもつ。法的行動様式は,多くの場合,物的要素によって安定させられている。これを法制度と呼ぶことができる。この法制度は,第一次的法制度と第二次的法制度とに分けられる。第一次的法制度は,社会生活の諸局面,例えば家族,所有,契約,企業等に対応する法制度である。第二次的法制度は,第一次的法制度の形成,作動,変動を国家の力によって保障する法制度であり,具体的には,立法,司法,行政の制度として現れる。法制度の総体を法体制と呼ぶとすれば,法体制は,静態的には上述の第一次的法制度と第二次的法制度との二重構造として現れる。しかし法体制を動態的に見ると,それは第一次的法制度が第二次的法制度を媒介として変化する過程と,これと同時に第二次的法制度がその作動過程において,第一次的法制度の影響によって変化する過程との総体としての法過程として現れる。例えば,第一次的法制度としての現実の家族制度は司法過程において変化するが,同時に現実の家族制度のあり方は,第二次的制度としての司法制度がそれに対応できる形態と内容を備えることを要求する。

 このような法体制の運動過程において,媒介的役割を果たすのが法意識である。法意識は,社会意識が法規によって方向づけられたものであり,法行動を規定する,唯一ではないが重要な要素である。それは重層的構造をなしており,法規によって強く規制され,したがってその変化に伴って容易に変化する部分と,社会意識と明確に区別できない,したがって法規が変化しても容易にそれを受け入れない基層的な部分とからなっている。後者を,狭義の法意識としての前者から区別して,法観念と呼ぶ。例えば第2次大戦後の法体系の大改革は,狭義の法意識には大きな影響を与えたが,日本人の法観念を全面的に変えるには至っていない。しかし法観念も不変ではなく,狭義の法意識と複雑な関係を保ちつつ,ゆるやかに変化する。法社会学の研究対象は,法意識によって媒介されつつ運動する法体制,すなわち法現象の総体である。

法社会学が研究対象とする法現象の総体の解明は,個別的な法現象の研究の積重ねによるしかない。その方法は,基本的には社会科学一般に通ずる経験科学的な方法である。すなわち,ある法現象に関する理論仮説を,事実をもって直接に立証できる作業仮説に展開し,作業仮説の立証によって理論仮説の正しさを確かめるという方法である。その際,次元を異にするいくつかの問題が生ずる。まず作業仮説の構成において,従来の法学上の用語と法現象を分析するための用語との間の架橋が必要になる。例えば権利や義務という言葉にみられるように,法学上の用語は,事実を直接に表現するものではないからである。

 また法現象を構成する法的事実の認識の問題がある。法的事実の認識は,法令,判例,議事録,統計等既存の資料を通じて,あるいは直接的な法的事実の観察,とくに社会調査を通じて行われる。しかし法現象は利害関係の対立に基づく潜在的・顕在的な紛争を前提とするものであるから,法的事実の評価において価値判断の介入が不可避であり,むしろそのことを自覚することが必要となる。

 さらに,法社会学が対象とする法現象の範囲がきわめて広範であることから,学際的な研究が重要な役割を果たす。法社会学は,法学内部においても,過去の法現象を研究する法史学,外国の法現象を研究し日本と比較する比較法学と緊密な関係をもっている。そればかりでなく,政治学,行政学,経済学,社会学,歴史学,民族学,人類学,民俗学,心理学等,多くの隣接社会諸科学から法現象を認識する素材と方法とを得てきた。

 さらに日本の法社会学において顕著なことは,法社会学が実用法学と密接な関連をもっていることである。それは法社会学的研究の多くが実用法学者によって担われていることにもよる。現代日本の実用法学は,法的価値判断をする際,その社会的結果に強い関心をもつ学風,すなわち,いわゆる社会学的法律学の傾向をもっており,実用法学者の法社会学的関心が強いからである。逆に日本の法社会学は,実用法学の関心や成果から,主要な研究領域に強い影響をうけている。なお日本の法社会学においては,法社会学の方法論の構成において,マルクス主義とそれ以外の方法との間に緊張関係があることも指摘しておく必要がある。

 いずれにしても法社会学は,比較的新しい学問として,研究対象の確立と方法の確立とに多くの問題をはらみつつ,現代の多様な法現象を解明するために,大きな努力を傾けている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「法社会学」の意味・わかりやすい解説

法社会学
ほうしゃかいがく
sociology of law

法哲学、法史学などとともに、いわゆる基礎法学の一部門をなし、法をそれ自体としてではなく、社会現象、社会構造との関連において考察し、法の機能や実態を客観的に明らかにしようとする法学分野である。

 法律学は、伝統的には法解釈学として、現行の法(実定法)をいかに解釈し運用すべきかを研究する実践的、実用的な学問として営まれてきたが、その教義学的性格に飽き足らず、法を社会現象の一部として客観的に認識しようとする人々によって、法社会学が提唱された。モンテスキューやイェーリングらを先駆者に数えあげることもできるが、本格的には20世紀初頭の自由法運動を担ったエールリヒやカントロウィッツらによって創始された。エールリヒは、裁判規範にすぎない国家制定法に対して、現実に社会を規律している行為規範としての「生ける法」に注目すべきことを説き、法社会学の理論的基礎を置いた。アメリカでもほぼ同時期に、法規範の単なる解釈的操作に不満ないし不信をもつ人々によって法社会学の基礎が築かれた。最高裁判所判事のホームズカードーゾリアリズム法学のフランク、ルーウェリンプラグマティズムを導入して社会学的法学を提唱したパウンドなどをあげることができる。

 その後、法社会学は、具体的な法現象の社会学的調査研究と、その方法的基礎をなす理論枠組みとの双方にわたって豊富な成果を生み出してきた。その過程で、マリノフスキーらによって人類学的分野が導入されたことはとくに注目される。理論枠組みの構成のうえで重要な学説としては、マックス・ウェーバーの法理論とマルクス主義法学がある。ウェーバーは、(1)法解釈学が法文の規範的に正しい意味を探究する実践的価値判断的学問であるのに対し、法社会学は法規範の存在によって人々の行動が事実のうえでどのように方向づけられるかを探究する経験科学であるとして、両者の学問的性格の相違を明瞭(めいりょう)にした点、(2)法を強制機構によって保障される秩序として、習俗や慣習から法を分かつ概念的基準を明確に提起した点、(3)近代法の特殊に合理的な性格を比較史的な広い視野にたって分析した点、などに巨大な功績が認められる。マルクス主義法学は、法を経済的土台によって客観的に制約されるイデオロギー的上部構造の一部として位置づけることによって、数々の分析視角を提示している。さらに近年に至っても、いわゆる現代法現象に直面して、それを解明するための理論枠組みの提示がさまざまな立場から試みられている。たとえば、ドイツのルーマン、アメリカのセルズニック、フランスのカルボニエらをあげることができる。

 日本の法社会学は、末弘厳太郎(すえひろいずたろう)を先駆者とし、戒能通孝(かいのうみちたか)、川島武宜(たけよし)、渡辺洋三らによって、継受された「近代的」法典と現実に存在する「前近代的」な法慣行・法意識とのずれの究明が、大きなテーマとされてきた。理論的には、エールリヒ、ウェーバーおよびマルクス主義の影響を強く受けてきたが、川島武宜によってアメリカの行動科学的アプローチが導入されて以来、多様化している。

[名和田是彦]

『川島武宜著『日本人の法意識』(岩波新書)』『渡辺洋三著『法とは何か』(岩波新書)』『碧海純一著『法と社会』(中公新書)』『エールリッヒ著、河上倫逸、M・フーブリヒト訳『法社会学の基礎理論』(1984・みすず書房)』『M・ウェーバー著、世良晃志郎訳『法社会学』(1974・創文社)』『渡辺洋三著『法社会学と法解釈学』(1959・岩波書店)』

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百科事典マイペディア 「法社会学」の意味・わかりやすい解説

法社会学【ほうしゃかいがく】

法現象の社会学的研究を目的とする学問。概念法学に対する自由法論による批判から19世紀後半以降発展し,現実の社会の中で生きている法の動態を経験科学的に捕らえようとする。E.エールリヒ,M.ウェーバーらによって創始され,法や社会的規範・慣習に関する実態調査,紛争解決過程,立法・司法の生成プロセスやその社会的機能,さらに法意識や法文化の研究などに展開。日本においては末弘厳太郎などによって法社会学的な方法が本格的に法律学に導入された。→川島武宜
→関連項目カントロビチシュタイン

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「法社会学」の意味・わかりやすい解説

法社会学
ほうしゃかいがく
sociology of law

法に関する社会的諸事象を他の社会的諸因子と関連づけ経験科学的に研究する学問分野。「生ける法」の探求を強調した E.エールリヒによって確立され,法学の一分野となったが,法学が経験科学,応用科学としての性格を強めるにつれて,法社会学の研究対象も拡大され,裁判過程や法意識の研究も進められている。

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