改訂新版 世界大百科事典 「カコジル」の意味・わかりやすい解説
カコジル
cacodyl
テトラメチルジアルシン(CH3)2As-As(CH3)2をいう。無色,猛毒の液体で,きわめて不快な臭気をもつ。融点-6℃,沸点165℃。塩化カコジル(CH3)2AsClに亜鉛を作用させて得られる。空気中で発火燃焼し,二酸化炭素,水,三酸化ヒ素になる。ジメチルアルシノ基(CH3)2As-をカコジル基ということもある。
カコジルは科学史上重要な化合物である。R.W.ブンゼンは1837-43年,いわゆる〈Cadetの液〉(酸化カコジル)の研究を行い,その組成をきめ,さらにおよそ40ほどの新しい一連の化合物を合成した。その過程でカコジルが一つのまとまった原子団として行動することを認め,カコジルをもって有機化合物中の基を単離したと考え,Kdなる記号を与えた。当時は当量の概念はあったが原子価の概念はまだはっきりせず(これはやや後になりブンゼンの弟子であるE.フランクランドにより明確にされた),酸素原子とは1当量の割合で反応して酸化カコジルを与えるので,カコジルKdに対し(CH3)4As2,酸化カコジルKdOに対して(CH3)4As2Oの式が与えられた。原子価理論の確立によりカコジルは遊離の基ではなく,(CH3)2As-As(CH3)2の構造を,また酸化カコジルは(CH3)2As-O-As(CH3)2の構造をもつ分子であることが明らかとなった。しかしこの研究は,その少し以前1832年にJ.F.vonリービヒとF.ウェーラーにより発表された安息香酸の基(今日のベンゾイル基C6H5CO-)に関する研究とともに,有機化合物の構造や反応の理解に大きく貢献した。
執筆者:岡崎 廉治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報