翻訳|gibberellin
植物ホルモンの一種。ent-ジベレランあるいはent-9,15-クロジベレラン骨格をもつ炭素数19もしくは20の一群の有機化合物で、ジテルペンの一種である。自然界から単離された順にA番号をつけてGA1、GA2のように略記される。現在までに130近いジベレリンが登録されている。多数あるジベレリンのうち実際にそれ自体でホルモンとして活性のあるものはGA1、GA3、GA4である。炭素数20のジベレリンの多くは、炭素数19のジベレリンの前駆体である。ジベレリンには、置換ヒドロキシ基と結合したグルコシルエーテル、あるいはカルボキシ基(カルボキシル基)と結合したグルコシルエステルとして存在するものもあり、これらは複合型ジベレリンとよばれる。
[勝見允行]
イネ苗に寄生して、徒長(黄緑化して、もやしのようにひょろ長く伸びる状態)をおこさせ、ついには枯死させてしまうカビのイネ馬鹿苗病(ばかなえびょう)菌Gibberella fujikuroi (Sawada) Wr.について研究していた黒沢栄一は、この病気の原因はカビが生産する物質によるものであることをつきとめた(1926)。その後、東京大学の藪田貞治郎(やぶたていじろう)(1888―1977)と住木諭介(すみきゆすけ)は、このカビが培養液中に分泌する徒長誘導物質をジベレリンと命名し(1935)、やがて結晶として単離することに成功した(1938)。第二次世界大戦後、住木諭介によって、日本におけるジベレリンの発見が世界に紹介されると、急速に研究が進展し、1956年には、カリフォルニア大学のフィニィB. O. Phinney(1917― )らによって、ジベレリンが高等植物にも存在する植物ホルモンであることが確かめられた。まもなく、各種のジベレリンが高等植物の組織から実際に単離された。ジベレリンの構造のうちGA3(ジベレリン酸)については1958年に最終的に決定された。この間に、ジベレリンは植物の成長、発生に対してさまざまな生理作用をもつことが明らかにされ、農業面においても盛んに利用されるようになった。
[勝見允行]
もっとも典型的な生理作用は、苗条の著しい伸長促進である。矮性(わいせい)植物のなかには、ジベレリン生合成に関して遺伝的異常があるため、背丈の正常成長にとって必要な、十分量のジベレリンを、それ自体で生産できずに矮性となっているものもある。このような矮性植物はジベレリンで処理すると、正常成長をすることができる。また、十分な量のジベレリンを生成できるが、ジベレリンの作用のメカニズムに異常があるものもやはり矮性を示す。しかし、このような矮性はジベレリンを与えても正常には回復できない。このように、ジベレリンは、植物の節間の長さを調節するホルモンといえる。
温度条件等で誘導されるロゼット型植物の抽薹(ちゅうだい)(とう立ち)は、ジベレリンでも誘導できる。こうしたジベレリンによる茎の伸長促進は、細胞分裂と細胞伸長の両過程に関係している。ジベレリンは細胞周期を短縮することで細胞分裂の速度を早め、それによって細胞数の増加を促進できる。細胞伸長の促進は、細胞壁で合成されるセルロース繊維の配列方向を決める表層微小管の配列方向を調節することによって、セルロース繊維が細胞の長軸方向と直角になるように配列させて、細胞壁が長軸方向へ機械的に伸展しやすくすることによる。ジベレリンはこのほか、長日植物の開花促進、休眠種子や芽の発芽誘導、単為結実(被子植物が無種子の果実を生ずる現象)の誘導などの作用をさまざまな植物で示す。また、オオムギ、イネなどの穀物種子のアリューロン層(糊粉(こふん)層。オオムギやイネなどの種子は胚(はい)と胚乳とからなっているが、胚乳の外側の薄い細胞層をいう)では、ジベレリンによって、デンプン分解酵素であるα(アルファ)-アミラーゼの合成が誘導される。これらの種子の発芽の際には、胚からジベレリンが供給される。
ジベレリンはイソプレノイド(テルペン)のイソペンテニル二リン酸から四環構造のent-カウレン(炭素数20)を経て合成される。ent-カウレンはent-カウレン酸に酸化され、これから合成経路上最初のジベレリンであるGA12ができる。このあと、おもに二つの経路で変換されて、活性型のジベレリンになる。途中いくつかの分岐経路があり、これらは不活性型ジベレリンを生じる。主要経路の反応を触媒する酵素の遺伝子に異常があると、活性型のジベレリンが合成されず植物は矮性となる。また、ウニコナゾール、パクロブトラゾール、イナベンフィドなどのジベレリン生合成阻害剤を使って、さまざまな植物の人工矮性化が行われている。イネでは伸長抑制による倒伏の軽減、登熟の向上が得られる。
[勝見允行]
ジベレリンは、果樹、野菜、花卉(かき)などに広く利用されており、セロリ、ミツバなどの生育促進、イチゴ、ナスの着果改善等の例がある。もっともよく知られているのは、デラウェアブドウの種なし化である。開花前期に花穂をジベレリンで処理すると種なし果ができ、そのあと、もう一度処理すると果粒が大きくなる。この方法は、マスカット、ベリーAなどの他のブドウ品種にも応用されている。
[勝見允行]
『増田芳雄著『植物生理学』(1988・培風館)』▽『倉石晋著『植物ホルモン』(1988・東京大学出版会)』▽『勝見允行著『生命科学シリーズ 植物のホルモン』(1991・裳華房)』▽『増田芳雄編著『絵とき 植物ホルモン入門』(1992・オーム社)』▽『高橋信孝・増田芳雄編『植物ホルモンハンドブック』上(1994・培風館)』▽『今関英雅・柴岡弘郎著『植物ホルモンと細胞の形』(1998・学会出版センター)』▽『板倉聖宣編『自然界の発明発見物語』(1998・仮説社)』▽『小柴共一・神谷勇治編『新しい植物ホルモンの科学』(2002・講談社)』
古くはドイツ語読みのギベレリンと呼ばれたこともある。植物ホルモンの一種で,広く植物界に分布し,植物のさまざまな生理現象の発現や制御に大きな役割を果たしているばかりでなく,植物化学調節剤としても利用されている物質である。
日本の湿潤な地方の稲作は,イネばか苗病という病気で大きな被害を受けていた。これはGibberella fujikuroi(Fusarium moniliformeと呼ばれることもある)という植物病原菌の感染によってひきおこされる病気で,罹病したイネは草丈が高く(徒長)なり,葉色も緑色が淡くなり,ひどい場合には枯死する。この病原菌の代謝産物の中にイネを徒長させる物質の存在することが,当時の台湾の農事試験場の技師であった黒沢英一によって証明され,1938年には東京大学農芸化学科の藪田貞治郎,住木諭介によって,活性の本体が結晶として単離され,ジベレリンと命名された。戦後,イギリス,アメリカ,日本の研究陣によってジベレリンの研究が展開され,54,55年にジベレリンA1,A2,A3(以下GAnのように略記する)の3種が単離された。現在に至るまで,G.fujikuroiから単離・同定されたジベレリンは26種に及び,これを微生物ジベレリンと呼ぶ。
一方,高等植物にもジベレリン様物質が存在することが示唆されていたが,58年イギリスICI社のマクミランJ.Mac-Millanらによって,ベニバナインゲンの未熟種子からGA1,GA5,GA6,GA8の4種のジベレリンが単離された。同じころ,アメリカのカリフォルニア大学のウェストC.A.WestとフィニーB.O.Phinneyがインゲンマメの未熟種子からGA1,GA5を,また東京大学の川原田璋と住木諭介はミカンの徒長枝からGA1を単離・同定した。その後とくに65年以降,高等植物からジベレリンを単離する研究が活発に行われ,高等植物から単離・同定されたジベレリンは100種に及ぶ。この植物起源のジベレリンを植物ジベレリンと呼ぶ。
これらジベレリンのあるものにグルコースが結合したいわゆる結合型ジベレリンも,東京大学の研究グループ,東ドイツのシュライバーK.Schreiberらによって,高等植物から単離されている。このようにジベレリンの発見およびその後の研究の発展に,日本人研究者の果たしてきた役割はきわめて大きいものがあった。
現在までに,微生物および植物から単離,構造決定されたジベレリンは全部で112種で,高等植物のみから同定されたものが86種,微生物のみから同定されたものが12種,また,高等植物,微生物の両者から同定されたものが14種である。それらの構造は仮想的ジテルペン炭化水素ent-ジベレランの誘導体と考えることができる。ジベレリンにおける構造の多様性は,ent-ジベレランに水酸基二重結合などの導入,メチル基の酸化,脱離などの官能基の変化によってもたらされる。また現在発酵法によって多量に生産されているジベレリンはGA3である。
ジベレリンの最も重要な生理作用は,植物に対する生長促進効果である。この効果はとくに幼植物や矮性植物に顕著にあらわれるので,矮性イネや矮性トウモロコシの幼植物を用いたジベレリンの生物試験法が確立している。またジベレリンの種類によって生長促進効果は異なるが,最も生長促進活性の強いジベレリンは,GA3,GA7,GA30,GA32などである。ジベレリン処理による植物体の伸長は,主として細胞の伸長,一部細胞分裂の促進によってもたらされる。
ジベレリンは,花芽の形成に長日条件を必要とする植物(ホウレンソウ,ハツカダイコン,レタス,ナツギクなどで長日植物という)に対して,花芽を誘導する効果を示す。一方,短日植物(アサガオ,オナモミ,シソなど)に対してはこの効果を示さない。また秋まきコムギなどは低温を経過しないと花芽が形成されないが,ジベレリン処理によって低温を経なくても花芽が誘導される。
ジベレリンはすでに花芽が誘導された植物,例えばシクラメン,プリムラ,ミヤコワスレ,チューリップなどの開花を促進するので,シクラメンなどの場合のように花卉(かき)栽培に実用化されている。
植物のめしべに花粉が付着し,受精がおこると,子房などの花のある器官が肥大を始めて種子の入った果実を形成する。ジベレリンは花粉の代りとして作用し,受精が起きなくても果実を形成させるいわゆる単為結実を誘起する効果をもっている。とくにブドウのデラウェアや,マスカット・オブ・ベーリーAなどの品種では,開花前および後10日くらいにジベレリン処理をすることによって,種なしブドウをつくることができ,しかも収穫期を早めることができる(〈種なし果実〉の項目を参照)。
ジベレリンは,発芽に光を要求するレタス,タバコなどの種子や,低温を要求するリンゴ,モモ,シソなどの種子の発芽において,光や低温の代りをする。また休眠中のジャガイモを発芽させる作用も有する。
ジベレリンには,穀類の種子において,酵素α-アミラーゼの生成を促進する作用があって,この効果を利用すると,ビール製造に用いられる麦芽中のα-アミラーゼの活性を高めることができる。
執筆者:高橋 信孝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
植物ホルモンの一つ.イネの馬鹿苗病の病原菌Gibberalla fujikuroiによって生産される高等植物の生長促進物質を,1938年,藪田,住木らが発見し,2種類を結晶化してジベレリンAおよびBと命名した.ジベレリンAはその後,単一物質でなく,A1,A2,A3,A4 の混合結晶であることが判明したが,現在,ジベレリンA系列で30種類が知られている.そのうち A3 が一番作用が強く,ジベレリン酸ともいう.A3 はC19H22O6(346.37).無色の結晶.分解点233~235 ℃.+86°(メタノール).アルコール類,アセトン,酢酸エステルに可溶,水に難溶.A3 の構造は図のとおり.
ほかのジベレリンも類似構造をもっている.ジベレリンは高等植物にも存在することがわかり,植物ホルモンとして重要である.植物細胞の伸長が促進されるほかに,開花の促進,発芽の促進などの作用があり,実際に用いられている.[CAS 77-06-5]
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…セスキテルペン(炭素数15のテルペン)の一種で生体内ではメバロン酸から合成される。 しばしばジベレリンと拮抗的な働きをするが,ジベレリンもメバロン酸から合成されるので,細胞内に両者の合成速度の比を調節する機構が存在するものと思われ興味深い。 定量法としては,化学的方法と生物検定法がある。…
…これら薬剤により,農業における栽培植物の矮小化が可能になり,花卉などの園芸植物の矮化,芝草の生育抑制剤,果樹の矮化による果樹園作業の省力化,稲作におけるイネ草丈の調節による倒伏防止など,多面的な応用の展開が行われつつある。 また植物ホルモンの一つであるジベレリン(主として発酵法で大量に製造されるジベレリンA3(GA3)が使われる)は,ブドウとくにデラウェア種,マスカット・ベリーA種などの単為結果による種なし化に広く用いられるほか,その他のブドウやナシの果実肥大,園芸植物における開花促進などに用いられる。植物ホルモンの一つであるサイトカイニンの合成同族体,6‐(N‐ベンジル)アミノプリン(ベンジルアデニン,商品名ビーエー)は,ブドウの花ぶるい防止,尻上り防止にジベレリンと混合して使用される。…
…現在ナスとペチュニア,トマトとナス,キュウリとカボチャなどの間に見いだされており,実用化が期待される。 種なしブドウは,生長ホルモンのジベレリンを使用して作り出される。どのブドウ品種にも可能な方法ではなく,もっともよく適用される品種はデラウェアである。…
…挿木の切穂にオーキシンのような生長調節物質を与えると,根の形成が促進されたり,ふつうは根をつくらないような挿木に根ができたりすることは園芸上よく知られている。また,カイネチンは芽の形成に有効であることが示され,そのほかジベレリンやショ糖のような物質も,組織に応じて特異な作用を示す。発生の調節には,これらの物質の絶対濃度よりは,むしろ相対的な濃度が重要であることが示唆されている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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