後期中新世に属する最初期の猿人の一種。学名はチャドのサヘル地域(サハラ砂漠の南方)で発見されたヒトという意味。アフリカのチャド共和国北部にあるジュラブ砂漠のトロス・メナラToros-Menallaで,2001年にフランスのポワティエ大学のブルネM.Brunetが組織する調査隊が発見。模式標本は頭骨(TM 266-1-60-1)。年代は,放射性元素による方法は得られていないが,ケニアのオロリン・トゥゲネンシスOrrorin tugenensis化石の出土した生物相との対比から,700万~600万年前と推定され,現在のところ世界最古の人類の祖先といえる。愛称はトウマイToumaiで,〈命の希望〉という意味。トウマイ猿人とも呼ばれる。
ほぼ完全だが変形した頭骨,下顎骨片,歯などがあるが,体の骨はみつかっていない。頭蓋腔容積(脳容積より10%ほど大きい)は320~380mlと小さく,眉の部分の眼窩上隆起が発達し,頭蓋底が長い点は,チンパンジーと似ている。ただし,口吻はチンパンジーのようには突出していない。眼窩後方の側頭部が強く凹んでいるので,咀嚼筋の一種である側頭筋がよく発達していたことがわかる。上顎の犬歯はチンパンジーよりは小さく,チンパンジーのように下顎の犬歯や小臼歯とこすれ合っている形跡(犬歯小臼歯複合体)がない。歯のエナメル質は,チンパンジーよりは厚いが,後のアウストラロピテクスほどは厚くないので,歯の摩耗が激しい草原ではなく,森林に住んでいたとみなされている。
頭骨と脊柱をつなぐ部分にあって脊髄が通る大後頭孔は真下を向いているので,直立二足歩行をしていたと推定できる。以上の特徴を総合して,サヘラントロプスは類人猿の祖先ではなく,人類の祖先であると判断されている。これらの化石は,ワニやカバなどの動物化石とともに発掘されており,当時は豊かな水場のある森林環境だったことがわかる。サヘラントロプスの化石は,他の猿人のように東アフリカや南アフリカではなく,中北部アフリカで発見されたので,これまで定説だった,人類が東アフリカで誕生したという考え方〈イーストサイド・ストーリー〉が否定され,人類の祖先が古くから広い地域で多様な進化をしていたと考えられるようになった。なお,この化石は,ゴリラの祖先のメスではないかとの批判もあるが,その批判は多くの支持を得ていない。
→猿人 →化石人類
執筆者:馬場 悠男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
(馬場悠男 国立科学博物館人類研究部長 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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