人類の進化段階を人為的に四つに分けた場合の最初の区分に属する人類。猿人という名称は,いわゆるサルとヒトとの中間的な人類という意味。かつては,ラテン語のピテカントロプスの訳語として,中国の北京猿人とかジャワの直立猿人という形で使われたが(中国では今なおこの用法に従っている),現在ではこれらの人類は原人に属すると考えられ,猿人という言葉は原人より前の段階の人類を指す。ただし,欧米では日本語の猿人にあたるape-likeやape manが使われることは希であり,アウストラロピテクス類australopithecines/australopith(アウストラロピテクスとパラントロプスを含む)とそれ以前の最初期の人類earliest hominidsのような表現がとられる。
具体的には,アフリカで発見される後期中新世・鮮新世・更新世(700万~130万年前)の人類であり,6属に分けられる。初期の猿人にはサヘラントロプス・チャデンシスSahelanthropus tchadensis,オロリン・トゥゲネンシスOrrorin tugenensis,アルディピテクス・カダバArdipithecus kadabba,アルディピテクス・ラミダスArdipithecus ramidusの3属4種が含まれ,後期の猿人にはケニアントロプス・プラティオプスKenyanthropus platyops,アウストラロピテクス・アナメンシスAustralopithecus anamensis,アウストラロピテクス・アファレンシスAustralopithecus afarensis,アウストラロピテクス・バールエルガザリAustralopithecus bahrelghazali,アウストラロピテクス・アフリカヌスAustralopithecus africanus,アウストラロピテクス・ガルヒAustralopithecus garhi,アウストラロピテクス・セディバAustralopithecus sediba,パラントロプス・エチオピクスParanthropus aethiopicus,パラントロプス・ロブストスParanthropus robustus,パラントロプス・ボイセイParanthropus boiseiの3属10種が含まれる。なお,この初期の猿人3属を後期の猿人とは別の区分〈初期猿人〉にするという考えもあるが,ここでは猿人の中に含める。パラントロプスという属名を使わずに,アウストラロピテクスという属名を使う研究者もいる。猿人の化石は,主としてエチオピアから南アフリカに至る大地溝帯の付近で出土するが,中央アフリカのチャド共和国でも発見されている(アウストラロピテクス・バールエルガザリ)。
猿人の頭は,眉の部分の眼窩上隆起や後頭部の後頭隆起が発達し,頭蓋腔容積(脳容積より10%ほど大きい)も350~550mlと少なく,チンパンジーと大差ない。咀嚼筋の一つである側頭筋が大きいので,眼窩後方の側頭部が強く凹んでいる。その結果,上方から脳頭蓋を見ると,輪郭がΩ型を逆さまにしたように見える。鼻骨は隆起しないので,外鼻の形はチンパンジーのように平らだったと推定される。頭に比べて,歯列が大きいので,口が突出していて(パラントロプス・ロブストスとパラントロプス・ボイセイを除く),チンパンジーと似たような印象である。しかし,チンパンジーとは違って,犬歯は退化し,臼歯が大きい傾向がある。初期の猿人では,歯のエナメル質が厚くないので,森林で,軟らかい果物などを食べていたらしい。後期の猿人は歯のエナメル質が厚いので,森林だけでなく,硬い食物を食べる草原への適応が進んだと考えられる。その中では,アウストラロピテクスは,植物を主体とした雑食性で顔と歯が比較的小さい(巨大ではない)ので華奢型猿人と呼ばれ(非頑丈型猿人とも呼ばれる),パラントロプスは植物食性で顔と臼歯が極めて巨大なので頑丈型猿人と呼ばれる。頑丈型猿人は絶滅したが,華奢型猿人の一部は240万~220万年ほど前にヒト属の人類(ホモ・ハビリス)へ進化したと考えられる。
猿人の歩行様式(ロコモーション)に関しては,骨盤がチンパンジーとはまったく違ってヒトに近いので,直立二足歩行をしていたことは疑問がない。その他の下肢骨の特徴も直立二足歩行への適応を示している。ただし,肩や腕が大きく強力なので,樹にも頻繁に登ったことは間違いない。とくに初期の猿人では,樹上生活が主だったと考えられる。猿人の文化的活動に関しては,棒や骨などを使用した可能性は以前から指摘されていたが,石器は発見されていなかったので,積極的な道具使用はしなかったと考えられていた。しかし,1997年にアウストラロピテクス・ガルヒの化石が発見され,それと同じ地層から,石器と共に解体痕のある動物の骨が見つかったので,積極的な道具使用が確認され,ホモ属の文化的行動につながると考えられている。また,2010年には,エチオピアのディキカで340万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスが石器を使った証拠が見つかったと報告された。
言葉に関しては,脳容積も顔面構造もチンパンジーと同様なので,しゃべれなかったと見なすのが妥当である。猿人に体毛があったかどうか判断するのは難しいが,草原にも進出するようになった後期の猿人には,汗を蒸発させる必要があり,少なくとも密な体毛はなかったと思われる。一般に猿人は性差が大きく,男は140~150cmで40~50kgほど,女は110~130cmで25~35kgほどと考えられている。ただし,最近,アウストラロピテクス・アファレンシスの性差は,現代人よりは大きいが,今まで考えられていたほど大きくはないとの報告がある。
猿人の進化・系統関係は議論が盛んであり,定まっていないが,主な見解は以下のようである。まず,最古のサヘラントロプスからオロリンをへてアルディピテクスへ進化したと見なされる。ただし,これら三つの属は一つの属にまとめるべきとの意見もある。つぎに,アルディピテクスからアウストラロピテクス・アナメンシスをへてアウストラロピテクス・アファレンシスへと進化したと解釈することには異論がほとんどない。なお,アウストラロピテクス・バールエルガザリはアウストラロピテクス・アファレンシスに含まれる可能性が高い。さらに,アウストラロピテクス・アファレンシスからは,三つの系統が分岐したと考えられる。第1は,パラントロプスの3種の系統である。第2は,アウストラロピテクス・アフリカヌスをへてアウストラロピテクス・セディバに進化した系統である。なお,アフリカヌスはパラントロプスへの進化の途中にあるとも考えられていたが,セディバの発見により,その可能性は非常に低くなったといえる。第3は,アウストラロピテクス・ガルヒをへてホモ(ヒト)属へ進化する系統である。なお,ガルヒはホモ・ハビリスへは進化しなかったという考えもある。ケニアントロプスの系統関係はよくわからないが,その化石の発見者であるM.G.リーキーは,ホモ・ルドルフェンシスに進化したと主張している
→化石人類 →頑丈型猿人 →華奢型猿人
執筆者:馬場 悠男
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人類進化を4段階に分けた場合、その最初の段階のものをいう。アウストラロピテクス類がこれに属する。ホモ・ハビリスは猿人と原人の橋渡しをするものと考えられる。19世紀末E・ヘッケルは進化論を信奉し、サルとヒトをつなぐものをミッシングリンク(失われた鎖の意)だとみて、これにピテカントロプス(ギリシア語のサルとヒトの合成語で、猿人の意)なる名を与えた。その後、ピテカントロプス・エレクトゥス(ジャワ原人)やシナントロプス・ペキネンシス(北京(ペキン)原人)などがそれに相当すると考えられ、また、猿人と原人は同義語として取り扱われた。しかし、1945年ごろよりアウストラロピテクス類が再確認され、その研究が進むにつれて、猿人と原人とは段階を異にするものとみなされるに至った。前者にはアウストラロピテクス類、後者にはピテカントロプス類が組み入れられた。また一方、人猿man-apeということばもあり、50年代には、猿人とどちらが適当かということで討議が続けられた。猿人も人猿もヒトとサルの中間的なもので、前者はそのなかでもヒト寄り、後者はサル寄りということになるが、59年、リーキー夫妻によりタンザニアのオルドワイ遺跡からジンジャントロプスが粗製の礫石器(れきせっき)を伴って発見されて以来、文化をもつ動物として、最終的に猿人とみなされるに至った。
猿人に属する化石標本にはいろいろな違いがあるが、すべて直立姿勢(二足歩行)をとっていたことが、骨盤の形態や頭蓋底(とうがいてい)における大後頭孔(だいこうとうこう)の位置から証明されている。したがって、上肢は歩行から解放され、道具を使用するのに十分自由であったと推定されている。また、短縮した犬歯はもはや牙(きば)とはいえない。これらは人類的特徴である。しかし、脳容積は約500ミリリットルで、現生大型類人猿と等しいか多少大きめにすぎない。今日、猿人研究は人類進化を解く鍵(かぎ)とみなされている。
[香原志勢]
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(馬場悠男 国立科学博物館人類研究部長 / 2007年)
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従来はアウストラロピテクス類をさし,人類進化における最も原始的な進化段階に相当し,猿人,原人,旧人,新人の序列の一部をなす。ただし,1990年代にはアウストラロピテクスよりさらに原始的な人類祖先,アルディピテクス・ラミダス(570万~440万年前)などが発見されたが,これらの一部も便宜的にラミダス猿人と呼ばれている。
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…更新世およびそれ以前の化石骨によって知られる人類,すなわち猿人,原人,旧人,新人の総称。化石人類として最初に認められたのは,ドイツのデュッセルドルフに近いネアンデル谷の石灰岩洞窟で1856年に発見されたネアンデルタール人である。…
…前者は現存のゴリラやチンパンジーへと進化し,後者にはギガントピテクス類やシバピテクス類が含まれる。アウストラロピテクス(猿人)類はむしろ後者のグループに属する。このあたりは,人類の起源や系統を考える上で,もっとも興味深いところである。…
…しかし,全体としてみると,第三紀鮮新世から現在に至る約400万年の間,地球上に生息した人類には,ほぼ連続的な形態変化が認められる。鮮新世と第四紀更新世(洪積世)の古人類は,時代順にアウストラロピテクス群,ピテカントロプス・シナントロプス群,ネアンデルタール群,ホモ・サピエンス群に分けられるが,これらはそれぞれ猿人,原人,旧人,新人と呼ばれる人類の進化段階を代表するもので,彼らの文化は狩猟採集を基盤とする旧石器文化であった。
【人類の起源】
道具の製作や使用が人類のみが享有する能力ではないことが,野生チンパンジーについての観察によって明らかにされた現在でも,道具製作が人類の条件として重視されていることに変りない。…
※「猿人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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