イタリアのベネチアの中心広場。市政と祝祭行事の舞台としてベネチアの歴史を刻む。現在は同市第一の観光名所として世界的に有名。ピアッツァ(広場の意。170m×70m)とピアッツェッタ(小広場の意。83m×47m)の,L字形に連なる2部分に分かれ,前者の東辺にサン・マルコ大聖堂が,有翼ライオン像とテオドルス像を載せる2本の大円柱を介して海に開く後者の東辺にパラッツォ・ドゥカーレ(総督宮)が位置する。広場の歴史は最初期のパラッツォ・ドゥカーレと聖堂が創建された9世紀にさかのぼるが,現状に近い形をとったのは運河を埋め立てて拡張,整備が行われた12世紀中ごろである。12~15世紀にかけてパラッツォ・ドゥカーレの改修,再建を含む広場の整備が進み,ルネサンス時代にはコドゥッチMauro Coducciが旧行政館横に時計塔を,ベネチアの公共建築行政主任を務めたJ.サンソビーノがパラッツォ・ドゥカーレに向かいあうサン・マルコ図書館と鐘楼下の柱廊(ロジェッタ)を,スカモッツィが新行政館を建設し,19世紀初頭にナポレオンが改修したピアッツァ西辺(〈ナポレオンの翼〉)を除いてほぼ現状の姿が整った。広場の結節点に立つ鐘楼(高さ99m。ガリレイはこの塔から天体観測を行った)は10世紀の監視灯台(16世紀再建)を転用したもので,1902年の倒壊後,復元された。ナポレオンは,連続するアーケードで囲まれた広場を,〈ただ天空のみがその屋根としてふさわしいヨーロッパ最美のサロン〉と表現した。広場南辺のカフェ〈フロリアン〉は,1645年,ヨーロッパで最初にコーヒーを飲ませた店といわれる。
執筆者:日高 健一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
イタリア北東部、ベネチア市南端にあるサン・マルコ大聖堂前の広場。奥行175メートル、東側81メートル、西側57メートル。大理石と粗い肌の石が調和をとって敷き詰められている。広場の中央には高さ99メートルの大鐘塔があり、サン・マルコ大聖堂左には2人のムーア人が鐘をつく15世紀末建造の青銅製の時計塔がある。また広場をコの字形に囲むように、ベネチア共和国総督の館(やかた)で裁判所が置かれたパラッツォ・ドゥカーレ、コッレール博物館がある。
[藤澤房俊]
…すなわち大運河の北東には,サン・マルコ,カナレッジョ,カステッロ,南西にはサンタ・クローチェ,サン・ポーロ,ドルソドゥーロ(ジュデッカ島を含む)の区がある。歴史的にみると,町の政治的・経済的中心はサン・マルコ広場周辺にあり,パラッツォ・ドゥカーレ(総督宮),その私設礼拝堂として生まれたサン・マルコ大聖堂,新・旧行政館,図書館,造幣局などの古い公共的建物が集まっている。〈ヨーロッパで最も美しいサロン〉とナポレオンに絶賛されたこの象徴的な広場だけが,古来,イタリア語で広場を指すピアッツァpiazzaの称号を与えられており,現在もここが観光の最大の中心となっている。…
※「サンマルコ広場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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