日本大百科全書(ニッポニカ) 「シュライヒャー」の意味・わかりやすい解説
シュライヒャー(Kurt von Schleicher)
しゅらいひゃー
Kurt von Schleicher
(1882―1934)
ドイツの軍人、政治家。軍人の子として生まれる。1913年参謀本部でグレーナーの知遇を得た。第一次世界大戦中、最高軍司令部で政治的、経済的経験を積み、ドイツ革命では参謀次長グレーナーに協力し、軍のエーベルト(社会民主党)との同盟を共和国の基礎として支持した。1920年以後、国防省で内政上、経済上の安定に努めるが、それはここに外政上の再建の前提を認めたからである。1928年グレーナーが国防相になると、1929年自ら新設の国防省官房長となり権威主義的国家への道を追求し始めた。1930年ミュラー大連合政府が倒れると、ブリューニングを政権につけ、憲法第48条の大統領の緊急独裁権力でこれを支えた。だが対ナチス政策でブリューニングと分裂すると、パーペンを首相にし、自ら国防相となったが、1932年11月選挙ののち、パーペンを追って自ら首相兼国防相となり、社会民主党系や中央党系の労働組合、ナチス党のG・シュトラッサー派を結集し、ナチス党を分裂させると同時に社会政策上の利益連合を実現しようとした。だがこのような構想が実現するはずもなく、ユンカーや工業資本家の反発を招き、大統領の信任をも失って、1933年1月末パーペンの陰謀に倒れた。1934年6月末のヒトラーによるレーム粛清(レーム事件)の際、夫人とともに殺害された。
[吉田輝夫]
シュライヒャー(August Schleicher)
しゅらいひゃー
August Schleicher
(1821―1868)
ドイツの言語学者。ダーウィンの影響を受け、自然科学的な方法を言語学に導入した。自然の生体と同じように、言語も成長と衰退の道をたどる一つの有機体とみなし、またこのような言語の発達変遷をヘーゲル流に解釈して、言語の成長と発達は先史時代に、堕落と消滅は歴史時代に属すると考えた。人類言語の発達を、孤立語、膠着(こうちゃく)語、屈折語という継起的な三つの段階に区分したのも彼である。また、その主著『印欧語比較文法要説』(1861~1862)のなかで示された、インド・ヨーロッパ諸言語の系統的関係を表す樹木の枝分れ図は「系統樹説」として知られる。ほかに『言語比較研究』(1848~1850)、『ダーウィン学説と言語学』(1863)などがある。
[松本克己 2018年6月19日]