シラク(読み)しらく(英語表記)Jacques Chirac

日本大百科全書(ニッポニカ) 「シラク」の意味・わかりやすい解説

シラク
しらく
Jacques Chirac
(1932―2019)

フランスの政治家。実業家の子としてパリに生まれる。国立行政学院(ENA)を卒業。1967年下院議員となり、1972年農相、1974年内相と要職を歴任した。1974年、彼を引き立てた大統領ポンピドーの急死後の大統領選挙ではジスカール・デスタンの当選に多大の貢献をし、同年首相となった。他方、この年末にはドゴール派組織である共和国民主連合(UDR)の書記長に選ばれ、与党内の足場を確固たるものとした。1976年には大統領との意見の相違から首相を辞任するが、UDRを「共和国のための連合(=共和国連合。RPR)」に改組してその指導者となり、1977年にはジスカール・デスタン派の候補を破ってパリ市長に選ばれた。1981、1988年の大統領選挙では18%の得票落選。1986年3月の総選挙でRPRが保守第一党となり、パリ市長在任のまま、大統領ミッテラン社会党)のもとで首相に就任し(1986~1988)、ミッテランとのコアビタシオン保革共存政権)を務める。1995年大統領に当選。2002年再選。2期12年間在任し、2007年5月16日の大統領任期満了に伴い退任。同年3月の時点で次期大統領選への不出馬を表明していた。対独協調路線をとり、アメリカ主導のイラク戦争反対。退任後の活動拠点として「持続可能な発展と文明間の対話のためのジャック・シラク財団」を設立。東洋文化、日本文化への造詣が深く、親日家。1996年(平成8)に国賓として来日したほか公私にわたり頻繁に訪日

[平瀬徹也]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シラク」の意味・わかりやすい解説

シラク
Chirac, Jacques

[生]1932.11.29. パリ
[没]2019.9.26. パリ
フランスの政治家。首相(1974~76,1986~88),大統領(1995~2007)。フルネーム Jacques René Chirac。1954年パリ政治学院を卒業,1956~57年アルジェリアで軍務につき,1959年エコール・ナシオナル・ダドミニストラシオン ENAを卒業。国家公務員としてジョルジュ・ポンピドーのもとで頭角を現し,1967年国民議会議員選挙に出馬して当選。1972~74年農業大臣,1974年内務大臣を務める。1974年バレリー・ジスカールデスタン大統領のもとで首相に就任したが不和となり,1976年首相を解任された。同年末,共和民主連合 UDRを再編して共和国連合 RPRを創設。1977年パリ市長に当選。1981年の大統領選挙でフランス社会党のフランソア・ミッテランに敗北を喫したが,1986年の総選挙で保守陣営が国民議会の過半数を制して首相に就任,フランス政治史上初の保革共存政権(コアビタシオン)が誕生した。1988年首相辞任。1995年 3度目の大統領選挙を制して第五共和政第5代大統領に就任,2002年再選された。2003年ドイツ,ロシアとともにイラク戦争に反対してアメリカ合衆国との関係を悪化させた。2005年ヨーロッパ連合 EUのヨーロッパ憲法制定条約の批准を国民投票で否決され,2006年雇用促進策として初期雇用契約 CPEの制定を目指したが,学生や労働者の反対で撤回を余儀なくされた。2007年政界を引退。親日家として知られる。

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