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駅伝制 えきでんせい

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世界大百科事典 第2版の解説

えきでんせい【駅伝制】

中央から辺境にのびる道路にそい,適当な間隔で人・馬・車などを常備した施設すなわち駅を置き,駅を伝わって往来する交通・通信の制度。世界史上,前近代に広大な地域を支配する中央集権国家が成立すると,外敵の侵入や国内の反乱に直ちに対処するばあいを含め,支配維持のために中央と地方とを常時連絡する手段が必要となり,さまざまな形態の駅伝が制度として定められるのが一般であった。このように駅伝制はもともと前近代における支配手段の一種であったから,国家の管理下に置かれて民間の自由な利用は許さないのが原則であり,また国家権力の解体とともに衰退していった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の駅伝制の言及

【ウマ(馬)】より

…中国の万里の長城,またローマ帝国の東方防衛のための城塞(じようさい)(リメスlimes)は,中央アジアから押し出てくる騎馬民族に対する防衛線として構想された大土木工事である。また北欧にまで延々とのびるローマ道は,駅伝制を伴う馬による情報伝達の飛躍的増加と無関係ではない。その模範は古代ペルシア帝国ダレイオス1世の小アジアからペルセポリスまでの二千数百kmに及ぶ道路建設にあり,彼は統治のための伝令馬の使用と宿駅の完備においてよく知られている。…

【クルスス・プブリクス】より

…ローマ帝国の駅伝制度。共和政期には政務官も私人も自分の召使を派遣して通信せねばならなかった。…

【宿駅】より

…大化以後,天武紀には駅家(うまや)や駅鈴のことがあるが,これも不詳である。駅伝制が整うのは大宝令以降の成文法の成立をまたねばならない。令制によれば,中央政府と大宰府や国府を結ぶ交通路が整備され,山陽道ほかの七道には原則として30里(後の約4里,16km)ごとに駅を置き,駅には駅長,駅子,駅馬などを置いた。…

【郵便】より

…広大な帝国の統一のため情報の伝達と収集が重要になり,リレー方式による伝令制が開設された。ペルシアのこの制度をならったローマの駅伝制はクルスス・プブリクスcursus publicus(公共便)と呼ばれ,馬と馬車が用いられた。軍事・政治上の要請から出たもので,当然のことながら公的な通信のためのものであった。…

※「駅伝制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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