日本大百科全書(ニッポニカ) 「ツェラーン」の意味・わかりやすい解説
ツェラーン
つぇらーん
Paul Celan
(1920―1970)
ドイツ系ユダヤ出自の詩人。本名アンチェルAntschel。生地は北部ルーマニアのチェルノフツィ(現、ウクライナのチェルニウツィ)。第二次世界大戦中、両親は強制収容所で死亡、自身も強制労働に従事する。戦後パリに学びフランス市民権を獲得。1959年以降パリ大学で教鞭(きょうべん)(ドイツ文学)をとるかたわら、ドイツ語での詩作・翻訳を続けたが、生涯ドイツには住まなかった。セーヌ川に投身自殺。作品は表現・題材ともにきわめて重く難解だが、確かな肉体感をもち奥行がある。シュルレアリスムや象徴主義の影響を受けた初期から、稀(き)(奇)語(ご)・造語を駆使して凝縮した詩世界をつくりだす後期まで、酷使とみえるほどにことばの能力が拡大され続ける。詩自体を状況化し、新たな現実への接近を求めるこの強靭(きょうじん)な言語意識は、徹底した現実批判・現実否定から生まれた。だが一方、伝達可能性の極限にまで詩を追い込みもした。素材は人類史、ユダヤ神秘思想、時事など多岐にわたる。詩集は『罌粟(けし)と記憶』(1952)、『言葉の格子』(1959)、『無者の薔薇(ばら)』(1963)、『息の転回』(1967)、『糸の太陽』(1968)、『光の強迫』(1970)など。ビュヒナー賞受賞講演「子午線」(1960)は良質の詩論である。フランス・ロシア・英・イタリア・ポルトガル・ヘブライ語など、量において作品に勝る詩の翻訳もまた彼が稀有(けう)なことばの遣い手であることを示す。
[檜山哲彦]
『飯吉光夫訳『ツェラン詩集』(1972・思潮社)』▽『飯吉光夫訳『迫る光』(1972・思潮社)』▽『飯吉光夫訳『雪の区域パート』(1985・静地社)』▽『飯吉光夫訳『パウル・ツェラン詩論集』(1986・静地社)』