アメリカ合衆国の大学教員の学問の自由を守るための身分保障(教員)のことである。具体的には,教育や研究を遂行する上での権限を表す。まず,教員(faculty)の一員として,大学内外での表現の自由があること,次に,教師としては,授業内容の決定の自由が保障されること,そして,研究者としては,研究計画書を大学外部の財団に送る権限,研究計画が採択された場合に研究経費を受領し,さらに,その研究費を,大学内の同僚や執行部教員,また学外の誰にも影響を受けることなく使用して研究を遂行していく権限,そして研究により得られた研究結果を自由に発表する権限を持つことである。このテニュアの制度は,1940年のアメリカ大学教授連合(American Association of University Professors: AAUP)とアメリカ・カレッジ協会(Association of American Colleges)の共同による「学問の自由とテニュアの諸原則に関する宣言(アメリカ)」(Statement of Principles on Academic Freedom and Tenure)に基づくもので,現在,全米の多くの大学や大学院を持たない4年制カレッジなどで採用されている。
通常,アメリカでは,教員は助教授(Assistant Professor)で採用されて教育研究活動を行っていく。大学により異なるが,通常,7年を超えない範囲で,教育研究上の実績や能力によって生涯その大学に在職できるかどうかが審査され,それぞれの大学の期待される水準に達したと判定された場合には准教授(Associate Professor)に昇任する。このことを一般に「テニュアを取る」あるいは「テニュアを持って(with tenure)昇任する」と表現する。これは,適法な手続きを経ずに,あるいは,当該大学が余程の経済的苦境に陥るなどの「相当な理由」(adequate cause)がない限り,tenureを得た教員が解雇されることはない,ということを意味する。大学教員が,採用された大学に終身で在職できるかどうか,さらにいえば,そもそも大学教員がその権限(終身在職権(アメリカ))を持ち得るかどうかは,大学教員の身分保障に関わる根源的な問題といえる。しかし,テニュアの意味はこれにとどまらない。以下に述べるように,「終身在職権」を持つかどうかにかかわらず,文頭に記した研究上の権限を持つこと,それがテニュアを持つことの本質的な意味である。
アメリカで大学教員として研究を行うために必要なことは,「将来テニュアを取り得る」立場にある助教授か,テニュアを持つ(tenured)Associate Professor(准教授)あるいはFull Professor(正教授)に採用されることである。この「将来テニュアを取り得る」立場にある助教授のことを,tenure-track Assistant Professorという。通常,アメリカの大学やカレッジで採用される助教授はこのtenure-track Assistant Professorである。ここで重要なことは,これらの助教授とテニュアをすでに持つ准教授あるいは教授の間で,当該大学で研究を行う上での権限の差はまったく存在しないことである。彼らは,同じように学生あるいは大学院生を指導しながら,自ら獲得した研究費(外部資金)によって研究を遂行していく。つまり,いずれの立場でも,誰にも依存しないで,自らの研究を遂行する「自由」を持っている。これが「終身在職権」を超えた「tenure」の意味である。tenure-trackにある教員とテニュアを持った(生涯にわたって在職してよいとされた)教員との間には,研究遂行上の権限の違いはない。ただし,後者はその権限が「適法な手続き」あるいは「相当な理由」という条件のもとで,所属大学で生涯にわたって保障されているが,前者には生涯にわたるその保障はない,ということなのである。
一方,採用時に,将来そのままではテニュアを取れない職階の大学構成員も存在する。博士研究員や,研究室を持たず,授業のみを担当する講師(lecturer)や,学位を持った共通機器分析室や学士課程学生のための学生実験の責任者などである。彼らは教員(faculty)ではなく,academic staffと呼ばれる。状況によっては大学が,将来もテニュアを取ることができる可能性のない(non-tenure track)レクチャラーや助教授などを採用し,彼らが,適宜契約を更新しながら,授業の一部を担当する場合もある。博士研究員を例にとると,彼らはそれぞれの研究室で第一線に立って研究実験を遂行するが,彼らは独自の研究計画を外部財団に提出する権限(博士研究員としてのフェローシップに応募する場合を除く)を持っていない。つまり,博士研究員は自分の研究室を持っていない。レクチャラーらも同様である。したがって,博士研究員は,ある研究室に所属して研究活動を行うことはできるが,それはあくまで,広い意味で,研究室を主宰する教員の研究計画に沿った研究を遂行するのであって,自分独自の研究課題で研究を行うわけでない。このような研究者やスタッフは「テニュアを持たない(non-tenured)」という。
このように,アメリカの大学におけるテニュアとは,表現や研究結果の発表の自由を有し,自ら授業をデザインし,外部機関から得た研究費を用いて自由に研究を遂行していく権限,すなわち,誰にも依存せず,また誰の影響も受けないで教育や研究活動を行う権限を第一義的に意味する。そして,アメリカの教員が,日本の多くの大学教員のように講座に由来したグループの一員としてではなく,採用時からまったく独立した教員の一人として教育研究活動を行える制度になっていることが,このことを可能にしているのである。
著者: 赤羽良一
参考文献: A.L. Deneef, G.D. Goodwin, E.S. McCrate(eds.), The Academic's Handbook, Duke University Press, 1988.
参考文献: 渡部哲光『アメリカの大学事情』東海大学出版会,2000.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
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