翻訳|Noah's Ark
旧約聖書《創世記》6~8章によれば,最初の人類の堕落のゆえに下される大洪水の難からノア一家を逃がすために,神は箱舟の製作をノアに命じた。これを〈ノアの箱舟〉といい,方舟の字も当てる。それは木造,方形の舟で,長さは約135m,幅は約23m,高さは約14mの三層構造で,横に戸口,上から約50cm下に天窓1個があり,外側はアスファルトで防水された。神はこの箱舟に食料のほか,鳥獣などの生物を雌雄各2匹(もしくは潔い動物各7匹に汚れた動物各2匹)を入れることを命じた。洪水は150日(もしくは40日)に及び,箱舟は漂ってアララト(アルメニア方面の北方地域を漠然と指す)の山に着いた。天窓が高くて外の見えないノアは烏に続いて鳩を放ち,鳩がオリーブの若葉をくわえて戻ったので,水の引いたことを知ったという。ノアの洪水物語は前2千年紀以降のメソポタミアの洪水神話の影響下で記されており,箱舟の防水方法や鳥を放って外界を確認することなど,叙述の類似が目だつ。
執筆者:並木 浩一
ノアの箱舟は,美術作品で,(1)《創世記》の説話場面の一つとして描かれる場合と,(2)象徴的意味を担った主題として描かれる場合とがある。(1)は,主として写本画や教会堂壁画などに見られ,舟には箱形や家形がある。ミケランジェロのシスティナ礼拝堂天井画には,家形の方舟と,洪水を避けようとする群衆が描かれる。(2)の早い例に,ローマ,ラティナ街道のカタコンベ壁画(4世紀後半)など初期キリスト教時代の葬祭芸術で,箱形の舟の中に立つノアが救済の象徴として描かれたものがある。また中世の〈ベアトゥス本〉黙示録写本のさし絵(10世紀)には,教会の予型としての家形の箱舟と,その中にフリーズ状に並んだ人物や動物,オリーブの枝をくわえた屋根の上の鳩が描かれる。
執筆者:浅野 和生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
『旧約聖書』の「創世記」6~9章に言及され、アダムより数えて10代目のノアとノア一族を洪水による滅びから救った舟。その大きさをメートル法に換算すれば、全長135メートル、幅22.5メートル、高さ13.5メートルになる。
この舟が漂着したと伝えられるアララテ山(アララト山)中に、今日でも箱舟探しを試みる人たちがいるが、無益である。なぜなら、ノアの洪水伝説は、いっそう古いバビロニア洪水伝説『ギルガメシュ物語』中の一挿話に由来すると考えられるからである。むしろ聖書の記者が箱舟のモチーフによって何を伝えようとしたかが重要であろう。『ギルガメシュ物語』によれば、神から洪水の予告を受けたウトナピシュティムは、乗船し、自分で舟の入口をふさぐ。他方ノアの場合、最後に舟の戸を閉めるのは神である。つまり後者の語りでは、神による救済と審判との行為が問題であり、ノアの幸運を語ることには無関心である。また箱舟を表すヘブライ語tēbāhは、神の保護を約束された容器を意味し、捨て子モーセの置かれた籠(かご)をも意味する(「出エジプト記」2章3、5節)。
[定形日佐雄]
『矢島文夫訳『ギルガメシュ叙事詩』(『世界文学大系1 古代オリエント集』所収・1978・筑摩書房)』
…1829年,ドイツ人F.パロットが初登頂に成功した。伝承によれば,〈ノアの箱舟〉がその上にとどまった(《創世記》8:4)という。アルメニア人にとっては世界に離散している同胞の団結と統一を象徴する聖山。…
…そのよい例は,鳥の帰巣本能に基づく習性を利用したもので,陸地の見えないところで船から鳥を放ち,陸地の存在を示す小枝などをくわえて戻ってくる鳥の方向から陸地の方向を知る方法である。この方法は,ノアの箱舟の記述をはじめ,バイキングなどにも見られ,また《古事記》《日本書紀》の天鳥(あまのとり)船もこれと同じである。現代の戻ってくる電波を利用した方向探知と基本的には同一線上の技術といえよう。…
…これらのうち若干は,アレクサンドリアのファロス島の灯台,エピダウロスのアスクレピオス像などと入れ替えられることがある。後世にはローマのカピトリウム神殿やコロセウム,コンスタンティノープルのハギア・ソフィア寺院,ノアの箱舟,エルサレムの〈ソロモンの神殿〉などが入れられたりした。なおギリシア語のtheamataは〈眺めるべきもの〉という意味で,〈不思議〉という意味は含まれていないが,ラテン語ではSeptem Miraculaと訳されたため,英語でもSeven Wondersとなった。…
※「ノアの箱舟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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