日本大百科全書(ニッポニカ) 「ノアの箱舟」の意味・わかりやすい解説
ノアの箱舟
のあのはこぶね
Noah's Ark
『旧約聖書』の「創世記」6~9章に言及され、アダムより数えて10代目のノアとノア一族を洪水による滅びから救った舟。その大きさをメートル法に換算すれば、全長135メートル、幅22.5メートル、高さ13.5メートルになる。
この舟が漂着したと伝えられるアララテ山(アララト山)中に、今日でも箱舟探しを試みる人たちがいるが、無益である。なぜなら、ノアの洪水伝説は、いっそう古いバビロニア洪水伝説『ギルガメシュ物語』中の一挿話に由来すると考えられるからである。むしろ聖書の記者が箱舟のモチーフによって何を伝えようとしたかが重要であろう。『ギルガメシュ物語』によれば、神から洪水の予告を受けたウトナピシュティムは、乗船し、自分で舟の入口をふさぐ。他方ノアの場合、最後に舟の戸を閉めるのは神である。つまり後者の語りでは、神による救済と審判との行為が問題であり、ノアの幸運を語ることには無関心である。また箱舟を表すヘブライ語tēbāhは、神の保護を約束された容器を意味し、捨て子モーセの置かれた籠(かご)をも意味する(「出エジプト記」2章3、5節)。
[定形日佐雄]
『矢島文夫訳『ギルガメシュ叙事詩』(『世界文学大系1 古代オリエント集』所収・1978・筑摩書房)』