フィッチ(読み)ふぃっち(その他表記)Val Logsdon Fitch

デジタル大辞泉 「フィッチ」の意味・読み・例文・類語

フィッチ(Fitch)

格付会社の一つ。1913年設立。ニューヨークロンドンを本拠とし、世界各地に50を超す拠点をもち、150か国を超える資本市場で分析・評価を行う。親会社フランスのフィマラックS.A.。日本法人のフィッチ‐レーティングス‐ジャパンは金融庁の指定格付機関になっている。フィッチ‐レーチングス‐リミテッド(Fitch Ratings Limited)。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「フィッチ」の意味・わかりやすい解説

フィッチ(Val Logsdon Fitch)
ふぃっち
Val Logsdon Fitch
(1923―2015)

アメリカの物理学者。ネブラスカ州メリマンに生まれる。第二次世界大戦中は陸軍に所属、ロス・アラモスにおいてマンハッタン計画(原子爆弾製造計画)に参加し、原子物理学を学んだ。1948年にモントリオールのマッギル大学を卒業、コロンビア大学でレインウォーターの指導を受け、1954年に博士号を取得した。プリンストン大学の講師となり、1956年準教授、1960年教授に昇格、1976年には物理学部門の部長に就任した。

 レインウォーターとの共同研究で、μ粒子(ミューオン)原子の電磁崩壊を観測した。その後、研究の対象をK中間子に移し、1965年にクローニンらとともにK中間子崩壊の実験を行った。この結果、中性のK中間子はCP保存の破れ(時間反転の対称性の破れ)を示すことを発見した。Cとは荷電共役変換、Pとはパリティ変換を意味し、当時CP保存の原則は守られるとみられていたが、それが否定されたことにより、素粒子論に大きな影響を与えた。この業績に対して1980年にノーベル物理学賞をクローニンとともに受賞した。

[編集部]


フィッチ(John Fitch)
ふぃっち
John Fitch
(1743―1798)

アメリカの発明家。汽船の開拓者の一人。コネティカット州ウィンザーに生まれ、独学で算術と測量術を身につけた。時計工をしていたが、妻子を捨てて商人になり、無一物の放浪生活を続けた。1785年、デラウェアで船の蒸気推進の開発に取りつかれ、1787年オール12本を動かす蒸気ボートを進水させた。定期航路を開き、1793年には船を建造するための資金調達にフランスに渡ったが失敗して帰国。1796年ごろにはスクリュー推進まで試みた。貧困と病苦の果てに自殺したともいわれる。

山崎俊雄


フィッチ(ケナガイタチ)
ふぃっち

ケナガイタチ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フィッチ」の意味・わかりやすい解説

フィッチ
Fitch, Val Logsdon

[生]1923.3.10. ネブラスカ,メリマン
[没]2015.2.5. ニュージャージー,プリンストン
アメリカ合衆国の物理学者。1948年カナダのマギル大学卒業。1954年コロンビア大学で学位取得。1954年プリンストン大学講師,1956年同助教授,1960年同教授,1976年同大学の物理学のサイラス・フォッグ・ブラケット記念教授に就任した。早くから K中間子の研究に取り組み,1964年にジェームズ・ワトソン・クローニンらと共同で,大型加速器(→加速器)中で形成された中性K中間子の崩壊を精密に測定し,中性K中間子には速く崩壊する短寿命のものと遅く崩壊する長寿命の 2種あること,さらに両者がともに 2個のπ中間子に崩壊することを発見した。これは,この素粒子反応において荷電共役変換および空間反転に対する不変性,換言すれば時間反転に対する不変性(→CP対称性)が破れることを意味する。この発見に対し,1980年にクローニンとともにノーベル物理学賞を与えられた。1993年にナショナル・メダル・オブ・サイエンスを受賞。

フィッチ
Fitch, John

[生]1743.1.21. コネティカット,ハートフォード
[没]1798.7.2. ケンタッキー,バーズタウン
アメリカ初期の汽船開発家。アメリカ独立戦争に従軍後,測量士としてオハイオ川流域の調査に参加。 1785年ペンシルバニア州バックスカウンティに住み,蒸気船の開発に着手。フィラデルフィアの財産家の後援を得て,87年オール 12本を蒸気機関で動かす船を建造した。その後汽船会社を設立して,アメリカ東海岸で定期航路をも開設,93年フランスに渡って資金集めを企てたが失敗して帰国。 96年に世界で最初のスクリュー・プロペラ汽船を開発したが,事業は世に受入れられず,失意のまま自殺したといわれる。彼の仕事は R.フルトンに受継がれた。

フィッチ
Fitch, Ralph

[生]1550頃
[没]1611.10. ロンドン
イギリスの商人,旅行家。イギリス人として初めて陸路でインドに到達。 1583年2月ロンドンを出発して,ユーフラテス川流域を南下し,スパイ容疑でポルトガル人にオルムスで捕えられ,ゴアに送られたが,逃れてムガル帝国のアクバル帝の宮廷にいたった。 86~87年イギリス人として初めてビルマとシャムに入り,帰路ユーフラテス川流域を北上して,91年帰国。

フィッチ
Fitch, (William) Clyde

[生]1865.5.2. ニューヨーク,エルミラ
[没]1909.9.4. フランス
アメリカの劇作家。現代アメリカ演劇の開拓者。『しゃれ男ブランメル』 Beau Brummel (1890) で劇壇に登場,次いで『ネーサン・ヘイル』 Nathan Hale (99) ,『バーバラ・フリッチー』 Barbara Frietchie (99) などロマンチックな作品で人気を博した。

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改訂新版 世界大百科事典 「フィッチ」の意味・わかりやすい解説

フィッチ
John Fitch
生没年:1743-98

アメリカの蒸気船発明家。1787年,両玄側に各6本装着した長いオールを蒸気機関で動かす方式の蒸気船を建造,3~4ノットで航走することに成功した。90年には,改良船により7~8ノットを得,フィラデルフィア~バーリントン間で,史上初の蒸気船による旅客輸送を行った。これはR.フルトンのクラモント号による成功に先立つこと17年であるが,営業的には失敗した。また初めて蒸気機関を用いたスクリュー船をつくったともいわれる。彼は蒸気船の技術に関しては成功を収めたが,事業化では失敗を重ね,失意のうちに一生を終えた。
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百科事典マイペディア 「フィッチ」の意味・わかりやすい解説

フィッチ

米国の物理学者。1963年,クローニンとともに中性K中間子の崩壊における基本的対称性の破れ(CP対称性の破れ)を発見。1980年クローニンとともにノーベル物理学賞。

フィッチ

米国の発明家。1787年蒸気機関でオールを動かす方式の蒸気船を建造。1788年汽船会社を興したが失敗。世界最初のスクリュープロペラ船の建造者とも伝えられ,技術的には成功したが認められず,失意のうちに世を去った。

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世界大百科事典(旧版)内のフィッチの言及

【フェレット】より

…夜行性の傾向があるが,祖先のヨーロッパケナガイタチほどその傾向は強くなく,昼間もよく動く。19世紀にはニュージーランドに移入されて野生化しており,フィッチfitchと呼ばれる良質の毛皮を利用するために狩猟される。実験動物としても広く用いられている。…

※「フィッチ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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