フェビアン主義(読み)ふぇびあんしゅぎ(英語表記)Fabianism

日本大百科全書(ニッポニカ) 「フェビアン主義」の意味・わかりやすい解説

フェビアン主義
ふぇびあんしゅぎ
Fabianism

イギリスフェビアン協会のメンバーによって提唱された社会主義理論である。フェビアンという形容詞は、ローマ将軍ファビウスにちなんだもので、この将軍がカルタゴの名将ハンニバルを持久戦で破ったように、漸進的な改革を積み重ねて最終的には社会主義社会に到達するという変革の方法を示している。フェビアン協会は、1884年、巡回教師T・ダビッドソンの感化を受けた青年たちによって設立されたが、その後、バーナード・ショーやシドニー・ウェッブらが加わり、やがてイギリス社会主義運動の主流をなす集団となったものである。

[日下喜一]

思想的特徴

フェビアン協会の基本的態度は、1887年に採択された「フェビアン協会の基礎」に明記されている。「フェビアン協会は、社会主義者によって構成される。それゆえ、協会は、土地および資本を個人や階級の所有から解放し、一般的利益のために、それらを社会の所有にするという方法によって社会を改造する。……これらの目的を達するために、社会主義的意見の伝播(でんぱ)に努め、それによって社会的・政治的変革に努力する」。これは単に「入会の基準・最小限の同意の基礎」として提示されたものであり、それゆえ表現も大ざっぱであるが、1889年になって、この「基礎」を具体的かつ拡大的に理論化した『フェビアン社会主義論集』が刊行された。この論集は、フェビアン主義の性格をかなり明確にしているので、このなかからその特徴を拾い上げていこう。

 その第一は、漸進主義に対する信念である。このことは、フェビアン協会という名称の由来からしても当然のことであるが、いわゆる空想主義や革命主義に反対し、型どおりの議会制民主主義に基づいて変革を推進しようとするものである。ウェッブは、社会主義社会に前進する条件として、次の諸点をあげている。〔1〕民主的であること、〔2〕漸進的であること、〔3〕不道徳と思われないこと、〔4〕立憲的・平和的であること、などである。これらの諸点は同じような内容のものであるが、こうした指摘によって、「議会の効用」と「漸進主義の不可避性」を示そうとしているのである。

 第二の特徴は、社会主義の道徳性の強調である。フェビアンたちは、社会主義を正当化する根拠として「人間の力や能力の成長」という道徳的要求をあげている。しばしば、社会主義といえば、経済生活の条件や機構などの制度に強調点を置きがちであるが、フェビアン主義にあっては、制度は目的自体ではなく、「目的のための手段」であって、つねに道徳的目的が制度に優先するのである。

 第三の特徴は、国家の中立性に対する信頼である。フェビアンたちは、資本主義社会における階級分裂や搾取の事実を認めているが、国家を階級抑圧の機関とみる階級国家論をとることなく、国家の中立性を信ずるのである。イギリスでは、1885年までに労働者階級が参政権を獲得していたが、この「民主主義の機構」を通じて生活を改善し権利を拡大していけば、いわゆる立憲的手段によって社会主義社会に到達できるわけである。そうであるならば、国家は労働者階級の「潜在的救世主」であり、労働者階級のための手段になるというのである。

 第四の特徴は、その経済理論にある。フェビアンたちは、マルクスの影響をかなり受けたが、労働価値説に従うことなく、リカードやH・ジョージらによって述べられた地代論を基礎にして経済理論を展開していることである。彼らによると、地代はその収得者の努力によって、または社会に貢献することによって得られるものではなく、自然に増加するものである。その意味で地代は不労所得なのである。つまり地代は収得する理由のない所得であり、地代または利子の発生する原因を与えた「社会」から搾取したものにほかならない。それゆえ、この不当な所得を廃絶する方法として、土地および資本を社会の所有にするというのである。

[日下喜一]

労働党の頭脳として

フェビアンたちの活動は、短期間に爆発的な人気や支持を得られなかったが、たゆまざる論集や講演などの教宣活動によって、しだいに他の社会主義団体を凌駕(りょうが)し、誕生まもない労働党に格好の政治哲学を提供することになった。つまり、彼らの構想は、1918年の労働党綱領「労働党と新社会秩序」のなかに織り込まれることになったのである。爾来(じらい)、フェビアン協会が労働党の頭脳としての役割を担っていることは、よく知られている。フェビアン協会は、第二次世界大戦中一時とだえたが、戦後ふたたび活動を開始し、アトリー内閣に多くの閣僚を送った。そして労働党が下野したのちも、1952年に『新フェビアン論集』、57年に『フェビアン国際論集』を出版し、労働党に対して今後の歩むべき方向を示唆している。

[日下喜一]

『G・D・H・コール著、和田耕作訳『フェビアン協会』(1953・日本フェビアン研究所)』『R・S・クロスマン編、社会思想研究会訳『社会改革の新構想』(1954・社会思想研究会)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フェビアン主義」の意味・わかりやすい解説

フェビアン主義
フェビアンしゅぎ
Fabianism

マルクス主義に反対して漸進的に資本主義の欠陥を克服しつつ社会主義の実現をはかろうとする考え。ローマの武将ファビウス Fabiusが猛進を避けて隠忍自重しつつ,ついに勝利をあげたという教訓にならおうとしたものである。 (→フェビアン協会 )

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