アメリカの物理化学者。6月19日、イリノイ州スターリングに生まれる。現代高分子物理化学の枠組みをつくりあげた人物ともいわれるフローリーは、インディアナ州マンチェスター・カレッジを1931年に卒業したときにはすでに化学を志しており、オハイオ州立大学で物理化学を修めて、1934年に光化学と分光学で学位をとった。そしてデュポン化学工業会社に入社したことはその後の彼の研究方向を決定した。そこでは、合成ゴム「ネオプレン」、合成繊維「ナイロン」を発明したばかりのカロザースが彼のグループのリーダーだったのである。シュタウディンガーやカロザースによって確立された概念「高分子」から彼はさい先よいスタートを切った。カロザースに協力して、その高分子研究の物理化学的側面を担当、まず縮合高分子生成とゲル化に関する統計理論を確立した。また1935、1936年に樹立されたマイヤー‐クーンのゴム弾性の統計理論を一歩進めて、いわゆる「網目理論」、すなわちゴム弾性を鎖状高分子の網目の熱運動として取り扱う理論をたてた。同時に鎖状高分子溶液の統計力学を展開、いわゆる「格子理論」により粘度や浸透圧を解明した。その後も高分子学のあらゆる領域にわたり理論的・実験的研究を進めた。この業績、すなわち現代高分子学の基礎を確立した仕事に対し、1974年ノーベル化学賞が与えられた。1985年9月9日心不全のため死去した。
[中川鶴太郎]
イギリスの病理学者。オーストラリアのアデレード生まれ。1921年アデレード大学を卒業し、翌1922年オックスフォードのモードレン校に転じ、ついでケンブリッジ大学で学び、1925年アメリカに遊学した。1927年イギリスに戻り、ケンブリッジ大学の研究員、病理学講師となり、1931年シェフィールド大学病理学教授、1935年オックスフォード大学病理学教授となった。チェインとともに、A・フレミングの発見(1928)以降放置されていたペニシリンの研究を始め、1939年その粗結晶の抽出に成功した。人体による試験も行って治療効果を明らかにした。1941年アメリカに渡り、製薬会社などにペニシリンへの関心を抱かせ、大量生産への道を開いた。1944年ナイトに叙せられ、1945年ペニシリンとその抗菌効果の発見により、フレミング、チェインとともにノーベル医学生理学賞を受けた。
[藤野恒三郎]
イギリスの病理学者。オーストラリア南部のアデレードに生まれ,1917年アデレード大学に入学して医学を学び,22年オックスフォードのモードレン校に移り,後にケンブリッジ大学,ロンドン病院で医学の研究を行った。25年アメリカに遊学した後,27年イギリスに戻り,28年ケンブリッジ大学病理学講師となり,シェフィールド大学病理学教授(1931),オックスフォード大学病理学教授(1935)。チェーンE.B.Chainとともに,A.フレミングが1929年に報告したペニシリンの研究に着手し,ペニシリンの性状を明らかにするとともに,40年には動物の連鎖球菌感染症のペニシリンを用いた治療実験に成功した。41年アメリカに渡り,研究所や製薬会社を訪れ,ペニシリンの研究に関心を抱かせ大量生産の緒をつくった。45年,ペニシリン抗菌効果の研究によって,フレミング,チェーンとともにノーベル医学・生理学賞を授けられた。
→ペニシリン
執筆者:川口 啓明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
アメリカの高分子化学者.1931年インディアナ州のマンチェスター大学を卒業後,オハイオ州立大学大学院で物理化学を専攻し,1934年学位を取得.同年デュポン(DuPont)社に入社,W.H. Carothers(カローザス)のもとで研究して,はじめて高分子の世界に入り,高分子研究に物理化学的手法を導入した.1937年Carothersの死とともにデュポン社を去り,1937年シンシナチ大学,1940年スタンダード石油,1943年グッドイヤー,1948年コーネル大学,1957年メロン研究所,1961年スタンフォード大学など産学双方で活躍した.高分子の物理化学,とくに高分子の構造,物性,重合反応,溶液などを統計力学,熱力学的方法を用いて理論化した.その功績により,1974年ノーベル化学賞を受賞した.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…このドーマクの発見に先だつ1929年,イギリスのA.フレミングは,たまたま寒天培地上の黄色ブドウ球菌の集落が,その周辺にできたアオカビの集落によって溶けることを観察し,アオカビの培養濾液の中に各種細菌の発育を阻止する物質(ペニシリン)のあることを報告した。10年後,この報告から出発してイギリスのチェーンErnst B.Chain(1906‐79)とフローリーHoward W.Florey(1898‐1968)は,ペニシリンの再検討と実用化にのり出し,さらにアメリカの協力を得て工業生産にも成功した(1941)。たまたま重症の肺炎にかかった当時のイギリス首相チャーチルが,ペニシリンによって生命を救われたのは有名なエピソードとなった。…
※「フローリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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