日本大百科全書(ニッポニカ) 「メンデルの法則」の意味・わかりやすい解説
メンデルの法則
めんでるのほうそく
Mendel's Law
オーストリアの修道院僧で生物学・気象学者でもあったG・J・メンデルにより発見された、有性生殖を行う生物における遺伝の基本法則。1865年に「植物の雑種に関する実験」と題して発表されたが、その真価が認められるようになったのは35年後のことである。『種の起原』で知られているC・R・ダーウィンもこの論文には気づかず、1868年に著した『飼育動植物の変異』ではメンデリズムの要点をつかみながら、この概念を徹底するに至らなかった。メンデルの法則の再発見は、ド・フリース、コレンス、チェルマクの3人によって1900年に独立になされた。これが近代遺伝学幕開きの契機となった。
メンデルの法則は、一般には顕性の法則、分離の法則、独立の法則の三つからなる。顕性の法則は、対立形質をもつホモ個体間の交配から雑種第一代(F1)をつくると、F1ではしばしば対立形質の一方だけが現れ、他方は隠れる現象、つまり対立形質間に顕性・潜性の関係があることをいう。独立の法則は、二つ以上の形質に関する遺伝様式について、もしそれらの形質を決定する因子間に染色体上の連鎖がなければ、それらの形質は互いに独立に組み合わされた結果として表現されることをいう。しかし、メンデルの最大の功績は、融合説にかわるものとして粒子説を正しく認識したことで、分離の法則がそれを端的に示している。すなわち、F1のヘテロ個体(異型個体)どうしをかけ合わせると、F2では形質の分離がおこり、たとえ潜性な形質でもF2個体に表現されてくることをいう。遺伝の融合説に従えば、このような分離は不可能である。遺伝形質を決定する因子(遺伝子)は「粒子」状のものとして維持されていなければならない。F1で表現形質としては隠された潜性因子が完全に維持、伝達されていくことをいう。したがって、この法則は、遺伝因子の粒子性を強調するという歴史的意味しかもっていないといえる。
近代遺伝学の歩みは、メンデルの法則に従わない例を研究してきたという側面ももっている。たとえば、遺伝子の型と表現形質はかならずしも一対一の対応がつかないこと、環境要因による遺伝子発現への影響、多数の遺伝子の染色体上における連鎖、減数分裂の機構を乱す自己的な遺伝子の存在、核外にある遺伝子など、すべてメンデルの法則に従わない原因や因子である。このような例外がある一方、遺伝子は事実「粒子」であり、メンデリズムはどのような遺伝子、形質に対しても正しい概念なのである。遺伝形質に及ぼす環境の影響もメンデリズムの立場から理解されなければならない。
[髙畑尚之]