翻訳|hybrid
遺伝的に異なる生物の間の交雑によって生じた個体をいう。狭義には、問題にしている遺伝子に関してヘテロ(異型)の状態であるものをいうが、広義には、異なる品種、系統、種などの間の交雑によって生じた、両親の性質をあわせもつ子孫をいう。
両親の遺伝的な差異が一つの遺伝子である場合には、その雑種を単性雑種、2遺伝子について異なる場合には両性雑種、以下、三性雑種、四性雑種、多性雑種という。
遺伝的に異なる純系の間の交雑によって得られる個体を雑種第一代といい、普通F1の記号で表す。F1どうしの交雑または自殖(自家受精)によって生ずる個体は雑種第二代(F2)といい、以下同様な交雑または自殖の子孫を雑種第三代(F3)、雑種第四代(F4)という。F1は雑種性がもっとも高いが、F1どうしは互いに遺伝的に同一である。F2個体の間には、遺伝的な分離がおこって、遺伝子型も表現型も互いに異なるものが生ずる。
雑種には、その両親よりも優れた性質を示す雑種強勢(ヘテローシス)が現れることがあり、その性質が農作物や家畜の品種として実用的に利用される。しかし、遠縁のものの間の雑種には、かえって生活力が損なわれる雑種弱勢の現象が現れることがあり、また不稔(ふねん)や不妊となる場合がある。
[井山審也]
一般に分類学上の同一の種のなかの異なる品種や系統の間で雑種がつくられ、その雑種強勢や、F1の均一性を利用した品種が広く実用化されている。
分類学的にさらに遠縁の、異なる種や属の間の雑種(種間雑種、属間雑種)では、両親の間で、遺伝子ばかりでなくゲノム構成も異なる場合が多い。そのために、このような雑種は完全不稔になって、一代限りになることが多い。この場合、F1の染色体数を倍化して複二倍体をつくると、稔性が高くなり、新たな系統として維持することができる。自然界でおこったこのような例としては、栽培二粒系コムギ(四倍体、ゲノム式AABB)と野生種のタルホコムギ(二倍体、DD)との間に生じた属間雑種(三倍体ABD)の倍化によって生じた、現在広く栽培されているパンコムギ(六倍体、AABBDD)や、アブラナ属のブラシカ・キャンペストリスBrassica campestris(ハクサイの仲間)とブラシカ・オレラシアB. oleracea(キャベツの仲間)との間の種間雑種の倍化による複二倍体ブラシカ・ナプスB. napus(ナタネやスウェーデンカブの仲間)がある。人為的には、ハクサイとキャベツとの間の種間雑種のF1を複二倍体化したものから選び出されたハクランは、両親と同じく結球性があり、キャベツとハクサイの食味をあわせもつ野菜の品種である。
逆に三倍体の不稔性を利用した雑種の品種として、通常の二倍体のスイカと、それを人為的に倍化して得た四倍体のスイカとの間の雑種(三倍体)による種なしスイカがある。
接木(つぎき)などによって、生殖過程を経ないで、両親の形質をあわせもった個体が得られたものを、栄養雑種または接木雑種といい、ナスやトウガラシの類で実験的に得られている。また、1960年代からの細胞培養技術の発達によって、異なる遺伝的構成の細胞を人工的に融合させてつくった雑種細胞から、これを増殖させてカルスをつくり、さらに再分化させて雑種植物を作出することが可能になった。異種のタバコの細胞の、細胞膜を取り除いた原形質(プロトプラスト)の融合からつくられた複二倍体や、トマトとジャガイモの原形質融合による雑種細胞から、トマトとジャガイモの両方の性質をもつ植物のポマトなどが得られている。
さらに、遺伝子操作技術の発達が細胞培養技術の進歩に加わって、1990年代になると、特定の遺伝子を生殖過程を経ずに取り入れた雑種個体をつくることが実用化されるようになり、バイオテクノロジーによる育種が注目されるようになった。
[井山審也]
家畜の場合にも、雑種は一方の親の有利な特定形質を他方へ付与することによって、より優れた新品種を作出する、すなわち、家畜としての性能が親よりも優れている雑種強勢を期待してつくられる。雑種強勢現象は一代雑種にもっとも強く現れる。
遺伝的に遠い個体間で雑種強勢を期待する場合は、属間および種間交雑が行われる。これは自然界で生殖的隔離のある個体間の交配であるから、人工授精などの方法を必要とすることもある。これらの雑種の多くは不妊であるため、一代雑種しか得られない。属間雑種の例としては、台湾で肉用アヒルとして飼育されている土蕃鴨(トウホアンアー)があり、これは在来のアヒルである菜鴨(ツァイアー)の雌とバリケンの雄との一代雑種で、早熟早肥で肉質は親に勝る。種間雑種には、雌ウマと雄ロバの一代雑種であるラバがある。強健で耐久力があり、粗食の点はロバに劣らず、体の大きさと力の強さはウマに劣らない。
家畜では、一般的に品種間交雑が雑種強勢に利用され、品種間雑種を単に交雑種または雑種とよぶ。これらの雑種は繁殖力をもつため、新品種の作出にも利用される。イギリスの在来馬の雌と東洋種の雄との雑種から徹底的に改良されてできたサラブレッドや、ヒツジの毛用種メリノーの雌とイギリスの長毛種ロムニー・マーシュの雄の雑種のうち優れたものどうしの交雑を続けてできた毛肉兼用種のコリデールはその例である。とくに品種間交雑による雑種強勢の効果は、肉生産のための家畜や家禽(かきん)の雑種にみられる。
さらに近縁な交雑種として、系統間雑種、近交系間雑種があるが、実験用の小動物を除き、生産用の家畜では近交系の作出と維持に要する費用が莫大(ばくだい)なため、近交系雑種利用は世界的にもごく少数の育種組織でニワトリに対して行われているにすぎない。
品種や系統間の交雑において、2系統の交雑によって得られるものを単交雑種または二元雑種とよび、この型の交雑はあらゆる家畜で広く利用されている。A×Bの二元雑種のF1に第三の系統Cを交配して得られた3系統の交雑種を三元雑種、A×BのF1とC×DのF1との交配による4系統の交雑種を四元雑種とよぶ。3品種(または系統)以上を逐次循環させて交雑する循環交雑または輪番交雑という方法があり、一般に循環交雑によって十分なヘテロ性を与えられた雌に優れた雄の純粋種を交配させる。ブタではとくに品種間雑種が主流であり、二元雑種、三元雑種、さらに四元雑種、循環雑種がつくられている。肉牛も畜産先進国ではほとんどすべて品種間交雑種に移行し、アメリカでは品種間の循環雑種の作出が肉牛にも普及してゆく傾向にある。これに対し卵用鶏では、雑種強勢を利用した品種間雑種は少なく、系統間雑種の利用へと移行し、ほとんどが白色レグホンの系統間の二元・三元・四元雑種で占められている。また乳牛においても、泌乳能力に雑種強勢効果はみられず、系統間の循環交雑が行われている。
植物や一部の動物では、遺伝子工学的手法による改良種の作出が試みられているが、家畜の生産形質は多数の遺伝子対が関与しているため、このような手法で遺伝子組成を変えることはむずかしく、今後も選抜と交配を繰り返す方法が中心となると考えられる。この方法は10~15年以上もの長い年月を要するため、新しい改良種を作成する場合、試行錯誤は許されず、長期にわたって時代とともに人類が家畜に求める量的・質的形質がどのように変化するかを見通して育種目標を設定し、最適な育種素材を選んで改良計画を立案する必要がある。
[西田恂子]
雑種は狭義には着目する遺伝子について同型(ホモ)でない,つまり異型(ヘテロ)な個体として定義されるが,広義には異品種,異種,異属間の交配で生じた両親の形質を併せもつ子孫をも一般に雑種と呼ぶ。狭義の雑種,つまり着目する遺伝子とその対立遺伝子をそれぞれホモの形でもつ両親間の子をとくに雑種第1代(F1)といい,F1どうしの子を雑種第2代(F2),以下,雑種第3代(F3)……という。F1の遺伝的構成はヘテロであるが,すべてのF1個体を通じてまったく同じで均一な表現型を示す。F1どうしが交配して(またはF1を自殖して)F2をつくると,遺伝子構成は個体によって異なり,遺伝子型,表現型とも分離を示す。
遺伝的にヘテロな雑種はホモな両親にくらべてしばしば生活力がすぐれる現象がある。これを雑種強勢hybrid vigorまたはヘテローシスheterosisと呼ぶ。雑種強勢の現象は現在育種に広く利用されており,トウモロコシ,タバコ,カイコ,ブタなどの育種に用いられている。これとは逆に雑種をつくると雑種第1代が,両親よりも総合的な生活力において劣る場合があり,雑種弱勢hybrid weaknessと呼ばれる。また雑種は不稔(不妊)性を示す場合もある。その好例はウマを雌親としロバを雄親として交配した一代雑種のラバである。ラバは生活力が旺盛で病気にも強く粗食にも耐え,古くから労役に使われてきて雑種強勢を示すが,完全不妊のためラバから子孫をうることはできない。
異なる種や属の間の雑種を種間雑種,属間雑種というが,種や属の間では遺伝子構成のみでなくゲノム構成を異にする場合が多い。このためこれらの雑種(たとえば上記のラバ)ではしばしば完全不稔になることが多い。このような場合,雑種第1代の染色体数を倍加して複二倍体amphiploidをつくると,稔性が高くなり新しい系統として維持できる。たとえば現在世界に広く栽培されているパンコムギ(六倍体,ゲノム式AABBDD)は,栽培二粒系コムギ(四倍体,AABB)と野生種のタルホコムギ(二倍体,DD)の間に自然に生じた属間雑種に由来し,この雑種(三倍体,ABD)の染色体数倍加によって生じた複二倍体起源の作物である。
接木などの手段で有性生殖によらずに両親の形質を併せもつ個体が得られたとき,栄養雑種または接木雑種といい,ナス科植物で実験的に得られている。また最近では遺伝的構成の異なる異種の細胞どうしを人工的に融合させた融合体を雑種細胞と呼んでいるが,タバコなどではこのようにして生じた雑種細胞を増殖させてカルスをつくり,さらに再分化させて新しい雑種植物が合成されている。また同じような方法でトマトとジャガイモのプロトプラストを融合させた雑種細胞から“ポマト”と呼ばれる新植物がつくられている。なお雑種をつくることを目的とした交配を交雑という。
執筆者:阪本 寧男
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