改訂新版 世界大百科事典 「モット転移」の意味・わかりやすい解説
モット転移 (モットてんい)
Mott transition
固体は電気の流れやすさに応じて,金属,半導体,絶縁体に分類されるが,半導体や絶縁体でも,圧力,温度,不純物濃度のような外的パラメーターを変えることによって金属状態に移ることができる。このような現象を金属・非金属転移というが,金属・非金属転移は,現象としては同じようにみえても転移を起こす機構は多彩である。イギリスのモットNevill Mottは,1949年に電子間のクーロン相互作用によって金属・非金属転移が起こることを予言したが,一般にクーロン相互作用の機構によって起こる金属・非金属転移をモット転移と呼ぶ。
一例として水素原子からなる(仮想的)固体の系を考えよう。水素原子の離散的エネルギー準位は,固体中ではある幅をもったエネルギー帯に広がる。水素は1s状態に1個の電子をもつから,1s状態に対応するエネルギー帯(1sバンド)は半分までつまり,金属状態になる。ここで原子間距離を無限大にもっていくと,1sバンドの幅はしだいに狭くなるが,電子がエネルギー帯に半分までしかつまっていない状況は変わらないので,金属状態のままでいる。原子間距離が無限大の極限では,各原子はそれぞればらばらになるから絶縁体になってよいはずで,つねに金属状態にいるという結論は物理的に納得しがたい。この矛盾を解決したのがモットである。彼は,原子間距離が大きくなると,固体の中でも電子は原子核の引力にひかれてそれぞれの原子核のまわりに局在すると考えれば上述の奇妙な結果は解決できることを示すとともに,一般に電子間相互作用を考慮すれば以下に示す電子濃度で金属相から非金属相に一次の相転移が起こることを予言した。孤立した水素原子あるいは1個の価電子をもつ水素様原子(例えばn型半導体のドナー不純物原子)では,電子は原子核の+eの電荷との間のクーロン引力によって,原子核のまわりに球対称な1s軌道に沿って運動している。このときの軌道の平均的な大きさを示す量が有効ボーア半径a*Bである。原子間距離が小さくなると隣り合った原子の1s軌道どうしが重なり合うようになって,孤立した原子のときの軌道の中に他の原子に属する電子の軌道が入り込む。その結果,電子が感ずる原子核からの力は他の電子によって遮へいされて,上述のクーロン力よりはるかに弱くなり,そのポテンシャルエネルギーの,原子核と電子との距離rへの依存性は,のように指数関数的に減少する(図のa)。ここでεは物質の誘電率,ξは力の作用する領域を表す長さである。図のbに示すように,ξ>a*Bならば,電子は原子核の引力の作用する領域内にあるので,電子は原子核に束縛されて電場がかかっても動けない非金属状態にある。他方,原子間距離が小さくなってξ<a*Bになると(図のc),電子は原子核の引力の及ぶ領域の外側にあることになり,電子は結晶内を自由に動きまわって電気伝導に寄与する。このことからξ~a*Bがモット転移の起こる条件を表す。詳しい計算によると,ξは電子濃度neの1/3乗に反比例する形で原子間距離に依存し,モット転移の起こる条件はne1/3a*B~0.25と表される。モットの導いたこの結果によれば,物質の情報は有効ボーア半径a*Bに含まれるだけで,上式は各物質についてどの濃度のときにモット転移が起こるかを明快に予言している。ただし,モットの予言以来,モット転移を検証しようと多くの物質で実験がなされ,数多くの金属・非金属転移の現象が見いだされてきたが,現在までのところその転移の起こる機構が確かにモット転移であるという確証は得られていない。
執筆者:上村 洸
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報