〈読む戯曲〉の意味で,はじめから上演を考慮せず書かれた戯曲,または上演に不適な戯曲をいう。しかし〈上演の可能性〉という考えは,しばしば時代の演劇観に制約されており,たとえばゲーテの《ファウスト》のように,作者自身が上演を不可能だと考えていた作品が,のちにしばしば上演されるようになった例もみられる。《ファウスト》の場合に,のちに額縁舞台の狭い考え方が打破されたことによってそれは上演されることとなったのである。
プラトンのように,対話形式で思想的な著作を行う伝統は古くからあり,セネカの多くの戯曲も朗読用であったと考えられる。またルネサンス期の人文学者たちは,討論にしばしば劇的形式を使っていた。疾風怒濤期やロマン派の作家にも(狭義の)劇形式を無視した作品が多いが,L.ティークが文壇を風刺する目的で書いた《長靴をはいた猫》が,のちに劇中劇形式という試みのなかで舞台から注目されたという例もある。日本でも北村透谷の《蓬萊曲(ほうらいきよく)》などは代表的なレーゼドラマであろう。近年の新しい演劇の試みのなかでの劇空間の拡大,また素朴な演劇性,演劇の虚構性の再発見は,すべてのレーゼドラマの上演を可能にしたが,逆に最近の身体言語による演劇から見ると,従来書かれてきた戯曲はすべてレーゼドラマに等しいものだということもできよう。
執筆者:岩淵 達治
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「読むためのドラマ」の意。ブーフドラマBuchdrama(本のドラマ)も同義。18世紀後半から19世紀中ごろにかけての演劇批評の一つは、感覚よりも想像力に訴える作品は上演に不適当ではないかという疑問であった。そのため想像力優位の考えにたつ人々のなかには、上演を目的とせず、純粋に劇的想像の世界に遊ぶことを意図して会話体や対話体の作品をつくり、レーゼドラマの名でよばれた。今日この概念は拡大化し、その時点で技術的に上演が困難とされる作品(ゲーテの『ファウスト』はその一例である)をさしたり、上演に値しない作品の蔑称(べっしょう)としても用いられることがある。
[高師昭南]
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…【川崎 寿彦】
【戯曲】
戯曲は,演劇という身体化,視聴覚化,劇場化を含む複合的芸術の,言語化された部分であり,したがって,理想的には,戯曲のテキストは広義の上演のテキストの一部として読まれなければならない。しかしまた,印刷技術の普及した近代文化のなかで,戯曲が〈劇文学〉として一定の自立性を獲得するにいたり,ときには上演を意図しない〈レーゼドラマ〉(読むための戯曲)が書かれることさえあるのも,事実である。
[発生と開花]
中世イギリスも神秘劇(聖史劇),奇跡劇,道徳劇などの〈演劇〉をもっていたし,その言語的部分も残っていないわけではない。…
…現存する唯一の〈プラエテクスタ劇〉である《オクタウィアOctavia》はセネカ作と伝えられるが,偽作であることがほぼ確実な作品である。セネカの作品は舞台上演を企図して書かれた作品ではなくて,いわゆるレーゼドラマである。しかし,セネカがシェークスピアをはじめとするイギリスのエリザベス朝期の演劇に与えた影響には計り知れないものがあり,復讐のプロット,亡霊の登場,誇張された修辞などはセネカに由来するといわれる。…
※「レーゼドラマ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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