中国,明末の詩文家,劇作家。字は義仍,号は若士,また清遠道人。江西臨川の人。万暦11年(1583)の進士。南京太常博士を経て礼部主事に進んだが,輔弼(ほひつ)の臣を弾劾する疏をたてまつったことが,かえって禍を招き,広東徐聞の典史に左遷された。のち赦されて安徽の遂昌の知県となったが,宦官による礦税の弊害を見るにしのびず,知県をやめて郷里に帰った。思想的には李贄(りし)や達観紫柏の影響を強くうけていた。詩文の上では,王世貞らが〈文は秦漢,詩は盛唐〉を最高の古典として称揚し,もっぱらこれらの模擬をとなえたのに対し,まっこうから反対して,六朝や宋の詩文をも尊重すべきことを主張し,清の銭謙益に大きな影響を与えた。劇作の上では《紫釵記》《還魂記》《南柯記》《邯鄲記》を書き,いずれも内容が夢と関係が深いので,その書斎の名を冠して《玉茗堂四夢》とよんでいる。とくに《還魂記》は夢と現実を交錯させる特異な構成の中で,青年男女の恋愛を生死をこえて成就させる筋で,天下の子女の喝采を博した。彫琢鏤刻の文辞で綴られており,明代戯曲の最高の傑作に推されている。湯顕祖の作品は,当時流行の崑曲に合わないところがあり,曲律を重んずる沈璟の一派から批判されたが,曲律より文辞を尊重すべきだと主張して一歩も譲らなかった。また《宋史》を重修したことが知られるが,今その書は伝わらない。
→戯文
執筆者:岩城 秀夫
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中国、明(みん)代の劇作家、詩文家。字(あざな)は義仍(ぎじょう)。号は若士(じゃくし)、また清遠道人。臨川(江西省)の人。33歳で進士に及第。南京太常(ナンキンたいじょう)博士、礼部主事を歴任。時政を非難した上疏(じょうそ)が災いして広東(カントン)の徐聞(じょぶん)県の知事に左遷され、のち浙江(せっこう)の遂昌(すいしょう)県の知事となり、49歳で退隠した。明代におけるもっとも傑出した劇作家で、『紫釵記(しさき)』『還魂記』『南柯記(なんかき)』『邯鄲記(かんたんき)』を書いた。いずれも構成に夢が深くかかわっているので、湯顕祖の書斎の名をとって、「玉茗堂(ぎょくめいどう)四夢」とよぶ。文辞を重視し、ことに『還魂記』の歌辞は美辞麗句を連ねて賞賛された。しかし曲律を重んずる沈璟(しんえい)らは、崑曲(こんきょく)の調べにあわないとして字句を修改し、ために湯顕祖は激怒して、論争が展開された。思想的には李贄(りし)や達観の影響を強く受け、詩文の面では、秦漢(しんかん)の文と盛唐の詩のみを尊重する王世貞らの古文辞一派を批判し、袁宏道(えんこうどう)らの反古文辞を導き出した。詩文集に『玉茗堂全集』がある。
[岩城秀夫]
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…これに続く万暦年間(1573‐1619)は文化の爛熟期といわれるが,数多くの劇作家が輩出した。最も著名なのは江西臨川の湯顕祖で,《紫釵記》《還魂記》《南柯記》《邯鄲記》の作があり,中でも《還魂記》は文辞構成ともにすぐれ,かつ恋愛の自由な姿を謳歌したので,天下の子女の喝采を博した。 ところで,歌辞をうたうには土地によって流派を異にし,発祥の地名を冠して海塩腔・弋陽腔(よくようこう)・余姚腔などと称していたが,嘉靖年間に崑山の魏良輔がはじめた崑曲の調べが好評で,急速に各地に伝播した。…
… 嘉靖年間(1522‐66)の初め,蘇州崑山地方の〈崑腔(崑曲)〉が魏良輔によって大改良されるや,その清柔優美なメロディは文人の好尚にすこぶるかない,従来の海塩腔,弋陽(よくよう)腔,余姚(よよう)腔等をおさえてはやり出し,これを用いて作られた梁辰魚の《浣紗記》により,決定的な流行をみるようになった。続く万暦年間(1573‐1619)にもっとも傑出した作家が湯顕祖で,彼の代表作《還魂記》は南戯の最高傑作とされ,典雅艶麗な文辞と巧みな構成とを得て,曲折波瀾にとんだ甘美な才子佳人劇の一極致を描いた。また同時期には音律にくわしい沈璟(しんえい)ほか多くの作者が輩出し,南戯の全盛期をむかえるにいたった。…
…その作者はもはや市井の無名人だけでなく,教養ある文人も参加しはじめた。その一,二の例をあげれば,戯曲における明の湯顕祖,小説における明の呉承恩,清の呉敬梓(ごけいし)などがある。いずれも詩文集を伝え,湯顕祖は文人として著名な人物であった。…
※「湯顕祖」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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