アルゼンチン東部の都市。サンタ・フェ州南部,パラナ川の西岸に位置する。首都のブエノス・アイレス市に次ぐ工業・商業の中心地で,人口は90万8163(2001)。17世紀末ごろから白人の定住が始まり,1725年からチャコ地方のグアイクル族の襲撃に備える要塞としても機能した。31年にはヌエストラ・セニョーラ・デル・ロサリオの名で教会が建立され市名の起源となった。1810年独立戦争が始まると,市を挙げて独立軍を支援し,人馬・食糧などを供給した。12年独立軍の司令官の一人だったベルグラノ将軍が初めて国旗を掲げたのもこの地であり,それを記念して市内のパラナ川沿いの地点に国旗記念塔が1957年に竣工され,市の名所となっている。独立後,サンタ・フェ市とブエノス・アイレス市の抗争に巻き込まれたびたび災禍を被ったが,1854年ウルキサの率いるアルゼンチン連合(1854-61)の貿易港になってから港としての重要性を高め,70年にコルドバ市と結ぶ鉄道の開通後は,パンパの農牧産品の重要な集散地となった。19世紀後半からはイタリア系移民が多数流入し,工業も発展し,労働者も増え,とくにアナーキズム運動が活発化した。政治的にも1905年の急進党蜂起の際の重要な拠点となるなど,たびたび国政に影響を与える事件の舞台となっている。港としての機能は,ラ・プラタ,バイア・ブランカなどの台頭で近年低下しつつあるが,工業・商業都市としての重要性は高まっている。市内には1919年設立のロサリオ大学経済学部がある。
執筆者:松下 洋
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アルゼンチン中東部、サンタ・フェ州にある港湾・工業都市。ブエノス・アイレスの北西300キロメートル、パラナ川の右岸に位置する。都市圏人口110万9404(2001)。ブエノス・アイレスに次ぐ同国第二の港湾都市で、三大都市の一つでもある。背後に広がる肥沃(ひよく)な穀作地帯の穀物に加え、牧林産品も積み出す。食品、木材加工、皮革、金属、化学などの工業も盛んである。1689年ごろ、先住民の襲撃を避けてサンタ・フェ付近からきた人々が入植を開始し、1725年にはチャコ地方の先住民との戦闘基地がつくられた。1731年ロサリオ聖母教会が建設され、市名の起源となった。独立戦争に際しては兵馬、食糧を供給して独立軍を支援し、1812年アルゼンチン国旗が最初にここで掲揚された。1854年諸州連合政府の正式な貿易港となってからは港として栄え、1860年代の鉄道開通で急速な発展を遂げた。1930年代までに世界有数の穀物貿易港となったが、その後アルゼンチンの穀物輸出力が低下し発展は抑制された。
[今井圭子]
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…大きな山脈はいずれも東西に走り,最大の山脈は東部のマエストラ山脈Sierra Maestraで,ここにはキューバの最高峰トゥルキノ山Pico Turquino(標高2005m)がある。ほかにおもな山脈として,西部のオルガノス山脈Sierra de los Organos,ロサリオ山脈Sierra del Rosario,中部のエスカンブライ山脈Escambrayがある。河川は200以上ある。…
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