ロンダ(読み)ろんだ(英語表記)Rhondda

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ロンダ」の意味・わかりやすい解説

ロンダ
Rhondda

イギリスウェールズ南部,ロンダカノンタフ南西部の町。カーディフ北西約 30kmにあり,タフ川支流のロンダバウアー川とロンダバフ川に臨む。南ウェールズ炭田東部の中心地で,1807年から採炭が始まった。その後 19世紀後半から蒸気機関用石炭として,鉄道,汽船海軍などからの需要が増大し,町は田園地帯から人口稠密な炭鉱地帯に発展した。19世紀初め 500人あまりであった人口も 1901年には 11万3000人をこえ,1920年代半ばには約 17万人に増加した。しかし 1930年代には厳しい不況の影響を受け,失業者が急増した結果,住民の流出が続き人口が減少した。これに対処するため,第2次世界大戦前から軽工業が導入され,戦後工業再配置政策によって多くの企業が誘致されたが,人口の減少は続いた。1960年代から,荒廃した採炭跡地への植林事業が進められている。人口 5万9602(2001)。

ロンダ
La Ronda

イタリアの文芸雑誌。 1919年,カルダレッリ,バッケッリ,チェッキ,バルディーニ,モンターノ,バリッリら新進作家たちのグループによって,ローマで創刊され,23年まで続いた。過去に発刊された『ボーチェ』『ラチェルバ』両誌の活動を反省し,未来派,ダンヌンツィオ主義の否定のうえに,芸術の孤高と伝統の再認識,古典への復帰を唱えた。レオパルディマンゾーニ文体を深く探究し,芸術的散文の普及に努め,次代文学への橋渡しをした。なお,国外からも,C.ソレルイェーツ,マラルメ,T.マンらが寄稿した。

ロンダ
Ronda

スペイン南部,アンダルシア州,マラガ県の都市標高約 700mの2つの丘の上にあり,その間の深い谷を橋で連絡している。イベリア人により建設され,ローマ人に支配されたのち,8~15世紀にはムーア人に占領された。ブドウ穀物集散地で,小麦粉,織物,ブランデーなどの製造工場がある。 1761年建設された高さ 90mのアーチ橋は有名。人口3万 3730 (1991推計) 。

ロンダ(子)
ロンダ[し]
Rhondda, David Alfred Thomas, 1st Viscount

[生]1856.3.26. グラモーガン,イズギーボーウェン
[没]1918.7.3. モンマスシャー,ランワーン
イギリスの政治家。南ウェールズの大炭鉱主となり,第1次世界大戦中,地方自治相 (1916~17) ,食糧相 (17~18) を歴任。 1918年に食糧配給制度を実施。 16年男爵,18年子爵。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロンダ」の意味・わかりやすい解説

ロンダ
ろんだ
Rhondda

イギリス、ウェールズ南部の都市。ウェールズの首都カージフの北西30キロメートル、ロンダ川沿いに位置する。人口5万6400(2002推計)。南ウェールズ炭田地帯の中心的鉱工業都市で、1807年から石炭採掘が始まり、蒸気機関用の良質炭を産出し、19世紀後半に急速に発展した。石炭は海岸部のカージフやバリから積み出された。20世紀に入るとウェールズ炭の需要が減り、とくに1930年代の不況時の炭価下落に伴い失業者が急増し、深刻な地域問題となった。第二次世界大戦後、全国的な工業再配置政策の一環として、製鋼業をはじめとする各種工業が導入され、石炭だけに依存した古い産業構造から多角的な新しい産業構造への転換が進んだ。

[井内 昇]

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