ワクフ(その他表記)waqf

改訂新版 世界大百科事典 「ワクフ」の意味・わかりやすい解説

ワクフ
waqf

停止〉を意味するアラビア語(複数形アウカーフawqāf)。イスラム法の用語として所有権移転の永久停止を意味し,ファイ理論において,征服地の土地は分配・譲渡を許されないという意味でワクフ(より正確にはファイ・マウクーフfay'mawqūf)とされる。しかし一般には,ある物件の所有者がその用益権を放棄し,それからの収益が最初に設定された目的に使用されているかぎり,その処分権をも放棄することを意味する。それには,(1)政府または個人がモスクマドラサ,病院,孤児院などに,その維持のため土地を寄進する慈善ワクフ(ハイリーkhayrīまたはアーンム`āmm)と,(2)個人が子孫のために信託する家族ワクフ(アフリーahlīまたはハーッスkhāṣṣ),とがある。このような土地をマウクーフ(北アフリカではマフブースmaḥbūsまたはハビースḥabīs),寄進(信託)者をワーキフwāqifというが,一般的には土地そのものをもワクフ(北アフリカではハブスḥabs)という。

 ワーキフの所有権については法学者の間でも議論が分かれ,アブー・ハニーファとマーリク派は,所有権は保有するが,その行使は許されないとし,アブー・ユースフ以後のハナフィー派シャーフィイー派は,所有権は神に帰したとする。ワクフにはナージルnāẓirまたはムタワッリーという有給の管理者を置かねばならず,初代のナージルは普通ワーキフが任命し,しかもワーキフその人であることが多い(マーリク派はこれを禁止)。それ以外の場合はカーディーがナージルを任命し監督する。イスラムの利益に沿わないワクフは無効とされるが,実際にはキリスト教の教会へのワクフ寄進の例もある。またワクフとされる物件は永久性を要請され,したがって土地・建物等の不動産が望ましいとされるが,書物などの動産もワクフとすることができた。

 法学者は,イスラムのワクフ制度はムハンマドに始まるとし,いくつかの例をあげるが,それは土地の無償提供(ムハンマドの住宅用地)であったり,土地ではなく収益の分配(ハイバル)であったりする。イスラムのワクフ制度は実際にはウマイヤ朝時代にビザンティンの制度にならって始められ,アッバース朝時代に一般化し,マムルーク朝時代に最も発達した。家族ワクフは,シャーフィイーがフスタートの彼の屋敷を子孫のためにワクフとしたのに始まるとされるが,均分相続による遺産の細分化を防ぐ手段として一般化し,とくにエジプトで19世紀以降,地主経営拡大の過程で大いに発達した。ワクフ地の増大とともに,これを規制する動きが各国で始まり,オスマン帝国は1840年,エジプトは1918年,イラクは24年にワクフ省を設けて管理の強化を図った。さらに46年のエジプトのワクフ関係立法に始まり,各国でワクフを制限する方向に進み,エジプトでは52年に家族ワクフを廃止し,翌年慈善ワクフを国家の管理下に置き,他方レバノン,シリアでもワクフの新設が禁止された。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ワクフ」の意味・わかりやすい解説

ワクフ
waqf

イスラム共同体のための国有地,あるいは宗教的な寄進地を意味するアラビア語。複数形はアウカーフ awqāf。マグレブ地方ではフブス hubusとも呼ばれる。一般には所有権を留保しつつ,用益権を放棄する宗教的寄進地の意味に用いられる。寄進者はワキーフ waqīf,対象となる物件をマウクーフ mawqūfあるいはマフブース mahbūsという。モスク,学校,病院,慈善施設を管理,維持するために寄進されることが多い。しかし実際には個人や家族が土地所有権を永代化し,課税を逃れるためにワクフを寄進することがしばしばあり,19世紀以降は土地改革の最も重要な対象とされてきた。

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百科事典マイペディア 「ワクフ」の意味・わかりやすい解説

ワクフ

〈停止〉を意味するアラビア語。一般的には寄進された財産をさす。イスラム法においては,物件(土地や不動産など)の所有者がその権利を放棄すること。政府や個人がモスク,病院,学校,孤児院などへ寄進する〈慈善ワクフ〉,個人が家族のために信託して収益権を保持する〈家族ワクフ〉の2種類があった。後者が増えると政府は徴税の基盤を失うことになるため,1840年代にオスマン帝国をはじめとして各国が管理を強化,エジプトでは1952年に家族ワクフを廃止した。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ワクフ」の解説

ワクフ
waqf

「固定」を意味するアラビア語。イスラーム法学の術語としては,ある物件の所有者が,所有権を保留しつつ用益権を放棄し,かつそれが当初定められた目的に使用されているかぎり,処分権をも放棄する行為を意味する。政府が没収した土地を国有地とする場合や,モスク,学校,病院などの維持のため,個人または団体が土地を寄進する場合がこれにあたる。

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