「伎・五大力恋緘‐一幕返し」の「エエもそっと此方へ寄りんかいな」、「浪花聞書」の「いきんか 行んか也」など、連用形に付いている例もある。
五十音図の格外に置かれた仮名で、平仮名の「ん」は「无」の草体からでき、片仮名の「ン」は撥(は)ねる音を象徴した符号からできたものかと考えられている。万葉仮名には「ん」にあたる仮名はなく、草仮名でも「(无)」が用いられる。
音韻的には/n/で、撥音(はつおん)の音節を示す。実際の発音では、あとにくる音の違いによって[m][n][ŋ][][
]などの現れ方をする。そして「ンめ(梅)」「ンま(馬)」などを例外として、語頭には一般にたつことがない。撥音は促音(そくおん)(詰める音)などと同様に、音韻論的単位として古くから独立していたとはいえず、表記的にも「む」を用いたり、表記されなかったりで、さまざまであった。これが中央語で一音韻として確立するのは、平安時代からその萌芽(ほうが)はあったとはいうものの、室町時代も末のことである。
なお「阿吽(あうん)」の「吽」は悉曇(しったん)十二母音の終音で、物事の終わりの意をもち、口を閉じた形相や吸う息をも表して、「阿吽の仁王」「阿吽の呼吸」などと使われる。
[上野和昭]