ドイツの代表的国法学者。ウィーン、ハイデルベルク、ライプツィヒの各大学に学んだのち、ウィーン、バーゼルの大学教授を経て、ハイデルベルク大学教授として研究生活を続け、法学、政治学、国家学の分野で大きな功績を残した。主著『一般国家学』(1900)は、ローマ時代から彼の時代までの国家学を研究、集大成した名著として知られ、そのほか『公権論』(1892)、『人権宣言論』(1895)などの著書もある。イェリネックの法、国家思想の特色は、当時の反立憲主義的な政治に対して「国家法人説」を唱え、国家の個人に対する絶対的な優位を説く思想を批判した点にある。イェリネックは、国家は憲法や法律を制定する主体であるが、法律を一方的に個人に義務づけることはできず、個人にも権利があるとし、また、国家は憲法や法律に拘束される(国家の自己拘束)として、国家に関して新カント派的な二元論的方法を展開した。国家の自己拘束に関して、国家は憲法や法律を自由に制定することができるから、このような国家行動についてはどうすべきかという問題が残されるが、この点に関してイェリネックは社会的諸勢力が規制すると述べているにすぎない。
しかし、当時のドイツではイギリスなどと異なり議会制度が未発達であったから、国家の自己拘束による個人の自由の保護という主張も一定の意味があり、そのため、ほぼ同じ情況にあった日本において、彼の思想は美濃部達吉(みのべたつきち)の「天皇機関説」に取り入れられている。また、イェリネックの国家法人説はケルゼンによって、社会的国家論はH・ヘラー、R・スメントによって発展させられた。
[田中 浩]
『美濃部達吉訳『人権宣言論 他三編』(1946・日本評論社)』
ドイツの公法学者。ウィーン,ハイデルベルク,ライプチヒの各大学で法学,哲学を学び研究者を志したが,ユダヤ人であったため排斥運動に遭うなど紆余曲折を経て,1891年ハイデルベルク大学教授となった。ハイデルベルクでは,社会学者M.ウェーバー,哲学者W.ウィンデルバントらと親しく交わり,経験主義的思考様式や新カント派哲学の二元論の影響を受けたといわれる。主著には,《公権体系論》(1892),《人権宣言論》(1895),《一般国家学》(1900),《憲法変遷論》(1906)などがある。イェリネックは,その国家論において,国家を社会学的事実の側面と法学的・規範的な側面との双方からとらえるという〈両面説〉を唱え,さらに,法規範は事実的な力から発生するという〈事実の規範力〉の理論を展開するなどして,法の自己完結性のみを注視した従前のドイツ国法学に対して批判を加えた。また,国家の性格について彼は,国家は一つの社会団体として法をつくり出し,同時にその法によって拘束されて,法的な権利・義務をもつ法人となると主張した。この国家法人説による国家の自己拘束の理論は,法を超える権力の存在を認めない点で画期的なものであった。彼の学説は,ドイツ国法学の発展に大きな影響を与えたが,とくに日本においては,昭和初期,一木喜徳郎,市村光恵,美濃部達吉らの憲法学者が大きな影響を受け,天皇機関説の成立の基礎となった。
→憲法変遷
執筆者:長谷川 晃
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…憲法変遷という言葉を最初に使用したP.ラーバント(19世紀末の帝制ドイツの公法学者)のもとでは,この言葉はもっぱら(1)の意味で用いられ,違憲の実例が制定憲法を改廃するかどうかという(2)の問題は,当時のドイツでは憲法慣習法の問題として論じられていた。しかし,その後,この言葉は,変遷現象の体系化を試みたイェリネックのもとで憲法慣習法論と部分的に結合し,かような変遷論が美濃部達吉により日本に紹介されたこともあって,今日の日本では,この言葉はもっぱら(2)の意味で用いられている。そしてこのような用法のもとで,自衛隊を容認する世論の増大を背景にして,憲法9条の変遷が完了したかどうか(つまり,いっさいの戦争といっさいの戦力保持を禁止する9条にかわって,自衛戦争と自衛戦力を認める新たな不文の憲法規範=憲法慣習法が成立したかどうか)が,今日の憲法変遷をめぐる論議の最大の争点となっている。…
※「イェリネック」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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