翻訳|Yes
イギリスのロック・グループ。イエスは、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、エマーソン・レーク&パーマー、ジェネシスなどと並び、1970年代のプログレッシブ・ロック・シーンで、商業的にもっとも成功したバンドの一つであり、アーティストとしての評価も高い。とくに、さまざまなフレーズをモザイク状につなぎあわせて、壮大かつ隙(すき)のない楽曲に仕上げてゆく緻密(ちみつ)な構成力、プログレッシブ・ロックには珍しいさわやかなコーラス・ワーク、そして卓越した演奏技術を駆使したアンサンブルの疾走感と躍動感といった点において、イエスは一頭地を抜く存在だった。
1968年、ウォリアーズやガンなどのバンドのメンバー、ソロ・シンガーとして活動していたジョン・アンダーソンJon Anderson(1944― )、メイベル・グリーアズ・トイショップというバンドを率いていたベーシストのクリス・スクワイアーChris Squire(1948―2015)が出会い、2人を核にイエスがスタートした。2人以外の当初のメンバーは、メイベル・グリーアズ・トイショップのギタリストだったピーター・バンクスPeter Banks(1947―2013)、キーボードのトニー・ケイTony Kaye(1946― )、ドラムのビル・ブルフォードBill Bruford(1948― )の5人だった。
1969年アメリカのアトランティックと契約を結び、同年にデビュー・シングル「スウィートネス/サムシング・カミング」、続いて『イエス・ファースト・アルバム』を発表。演奏はまだ荒削りだが、「クリームのヘビー・サウンドにフィフス・ディメンションのコーラスを加えたもの」という当時の本人たちのもくろみどおり、ユニークなサウンドになっていた。同じメンバーによる1970年リリースの2作目『時間と言葉・イエスの世界第2集』では、生オーケストラを用い、アレンジが多少複雑になっているが、基本的には前作の路線を踏襲していた。
セカンド・アルバム・リリース直後のバンクスの脱退を受けて、トゥモロウほかのバンドで活動してきたギタリストのスティーブ・ハウSteve Howe(1947― )が加入。そして1971年に出た『サード・アルバム』は、組曲構成やアレンジの緻密さなどの点で、「プログレッシブ・ロック・バンド」イエスのキャラクターが明瞭(めいりょう)になった、彼らのキャリアにおける分岐点ともいうべき作品で、初めて全米トップ40に入るヒットを記録。さらにケイの脱退を受けて、元ストロウブズのキーボード奏者リック・ウェークマンRick Wakeman(1949― )が新たに加入。クラシック畑出身のウェークマンの加入は、アンサンブルに重厚さとスケール感を付与することとなった。クラシックからフラメンコまで多彩なテクニックを駆使するハウのギター、そして格調高い響きをもったウェークマンのキーボードが加わり、いよいよ黄金時代を迎えたイエスが発表した『こわれもの』(1971)、『危機』(1972)は彼らの最高傑作とされる。とくに、組曲形式の壮大な大曲で構成され、抽象的だがポジティブな歌詞をもつ後者は、プログレッシブ・ロックを代表する名盤としてさまざまな場で言及されてきた。
キング・クリムゾンに参加するために脱退したブルフォードにかわりアラン・ホワイトAlan White(1949―2022)が入って制作された『海洋地形学の物語』(1973)、ウェークマンが抜けてパトリック・モラーツPatrick Moraz(1944― )が入った『リレイヤー』(1974)と、壮大かつ緻密な曲ばかりで占められた大作が続いた後、ふたたびウェークマンが復帰した1977年の『究極』では、プログレッシブ・ロック・シーンの衰退とパンクの台頭を反映して、それまでのコンセプト重視のつくりからコンパクトでストレートなサウンドへと変化し、新境地をみせた。その路線は1978年の『トーマト』でさらに追求されたが、1980年の『ドラマ』はアンダーソンとウェークマンを除いた3人に、テクノ・ポップ・ユニット、バグルズのトレバー・ホーンTrevor Horn(1949― )とジェフ・ダウンズGeoff Downes(1952― )を加えて制作された。そして1981年にはついに解散となった。
しかし1982年、アンダーソンが復帰して再結成され、ギター、キーボード、ボーカルほかをこなす新加入のマルチプレイヤー、トレバー・ラビンTrevor Rabin(1954― )を音づくりの要(かなめ)に据え、1983年に『90125』を発表。イミュレーター(サンプリング・キーボード)を駆使し、ハード・ロック的シンプルさを前面に出したこの明快なアルバムは、従来のイエスのイメージからはかなり逸脱するものだったが、1980年代の空気にみごとにマッチしてセールス的には過去最高を記録、シングル・カットされた「ロンリー・ハート」も初の全米1位を獲得した。続く1987年の『ビッグ・ジェネレイター』は、ラビンがますますリーダーシップを発揮し、シンプルでハード・ロック色の強いものとなっている。
これ以降イエスはめまぐるしいメンバーの交替、離合集散を繰り返しながら(二つに分裂し、イエスというバンド名をめぐって争ったこともあった)活動を続け、2001年にはアンダーソン、スクワイアー、ハウ、ホワイトの4人で『マグニフィケイション』を発表している。
[松山晋也]
前7/前4?~後30?
キリスト教の始祖。ガリラヤのナザレの出身で,30歳頃バプテスマのヨハネの洗礼志願者として現れ,受洗後ガリラヤで「神の国は近づいた。悔改めて福音を信ぜよ」という新たな宣教を開始した。彼はモーセ律法を尊重するとともに,取税人,罪人を招き,安息日に病人を癒し,律法学者,パリサイ派と対立した。彼はペテロ,ヤコブ,ヨハネなどの12弟子を選んで,伝道活動を助けさせ,ユダヤ教の指導者層を批判した。彼を裏切ったイスカリオテのユダの手引きによってユダヤ人に捕えられ,ユダヤの評議会で大祭司の審問によって涜神(とくしん)罪と判決され,さらにローマのユダヤ総督ピラトにみずからメシアと称し,反乱を企てる者として訴えられ,十字架刑に処せられた。しかし3日後に彼が復活したとの信仰が弟子たちに生まれ,イエスこそメシアすなわち主キリストであるとの告白にもとづき原始キリスト教が成立した。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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[キリストとイエス]
一般にキリストはイエスの別名のように考えられている。実際,新約聖書の中でもパウロの手紙などではキリストとイエスとが区別されていない場合もあるし,古代ローマの歴史家たち(タキトゥスやスエトニウスなど)は,多くの場合キリストを固有名詞と思っていた。…
…モーセの律法に従って,幼子イエスが生誕後40日目に両親に連れられエルサレムの神殿に奉献される場面。《ルカによる福音書》2章22~39節に記される。…
…幼子イエスに最も近い親族。ヨセフ,マリアとイエスの3人(父,母,子)で構成される。…
…キリスト教美術の主題の一つで,幼児イエスを伴う聖母マリアの表現。崇拝や祈願の対象として,説話的場面から独立した表現がとられる。…
…受刑者を刑柱にくぎで打ちつけるかひもで結びつけ,拷問(むち打ちなど)を加える。歴史的には,ペルシアのダレイオス1世により前519年にバビロンで政治犯3000人が,後30年ころにナザレのイエスがエルサレム郊外で処刑された例が有名である。キリスト教を初めて公認したローマ皇帝コンスタンティヌス1世(大帝)は,337年これを禁止した。…
…新約聖書中の人物で,マリアの夫,イエスの父。《マルコによる福音書》6章3節によるとイエス以外の息子ヤコブ,ヨセ,ユダ,シモンおよび何人かの娘があり,職業はおそらく木工専門の大工であった。…
※「イエス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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