日本大百科全書(ニッポニカ) 「イルカ」の意味・わかりやすい解説
イルカ
いるか / 海豚
dolphin
porpoise
哺乳(ほにゅう)綱クジラ目の動物のうち、広義のマイルカ類(マイルカ上科)のなかの小形種と、分類学的にはまったく別のグループに属するカワイルカ類(上科とすることもある)に対して習慣的に用いられている呼称。マイルカ科の種類でも、体が大きくて頭の丸いハナゴンドウ、オキゴンドウ、マゴンドウなどは、ゴンドウクジラと総称される。英語でも大形のイルカはwhaleとよばれる。しかし、かならずしも英名と日本名とが、対応するとは限らない。たとえばシロイルカは英語ではwhite whaleとなる。
[粕谷俊雄]
種類と形態
カワイルカ類は原始的なハクジラ類の一群で、4属で4~6種よりなる。特定の大河流域ないしは沿岸域に生息し、目の退化傾向が著しい。イッカクとシロイルカは2種で1科(イッカク科)をなすマイルカ上科のなかの原始的な一群で、北極圏に分布する。マイルカ類からイッカク科を除いたマイルカ科は、20属約40種を含み、ハクジラ類のなかで最大のグループである。極端な特殊化は生じていないが、すでに多方面への分化が認められる。ネズミイルカ属、イシイルカ属、スナメリ属の3属には6種が含まれ、熱帯から寒帯まで種類ごとにすみ分けている。いずれも体は小さく(2.2メートル以下)、頭部は丸くて吻(ふん)が短く、背びれはないか、あっても低い。上下左右のあごにそれぞれ15~30本ある歯は小さく退化傾向にあり、先端は普通のイルカの歯と違ってとがらず、扁平(へんぺい)でスペード状をしている。このような特徴のため、これら3属はネズミイルカ科として独立させることがある。英語ではこれらをporpoiseとよび、吻の長い普通のイルカdolphinと区別することが多い。しかし、アメリカではイルカ類をすべてporpoiseとよび、dolphinの呼称を使うことは少ないので注意が必要である。マイルカ科の第二のグループは、マイルカやハンドウイルカなどに代表される典型的なイルカで、大部分の種類がこれに含まれる。長い吻と、鋭くとがった多数の歯が特徴である。体長は1.8~3.3メートル程度。一般に背びれは高くてとがっているが、これを欠く種類(セミイルカ属)もある。分布は広い。第三のグループはゴンドウクジラ類である。マゴンドウのような典型的な種類では、体の巨大化が進行し雄はとくに大きくなる。頭は丸くて吻はなく、口は大きい。歯は大きいが数は少ない。しかし、このグループは多様な種類を含んでおり、カズハゴンドウのような特殊化の程度の低い種類では、第二のグループと区別しがたい。すなわち、この系列は典型的なイルカ類とよく似ている。このため、これをネズミイルカのように別科にする意見は少ない。このように、マイルカ科はハクジラ類の一般型を残してはいるが、すでに多方向への分化が始まっている。そのため、本科の特徴をひとことで示すことは容易でない。しいて特徴を列記すれば、次のようになる。
(1)歯は小さくて数が多く、2~3歳で歯根が完成する。
(2)上顎骨(じょうがくこつ)と顎間骨は扁平で、顔面部には著しい隆起を形成しない(イッカク科も同様であり、カワイルカ類では板状隆起を形成する)。
(3)7個の頸椎(けいつい)のうち、前方の数個は融合している(カワゴンドウではカワイルカやイッカク科と同様全部遊離している)。
(4)胃は4室よりなる(他科にも例がある)。第1胃は食道が膨大して袋状となったもので、消化腺(せん)を欠き、餌(えさ)の群れに出会ったときに、まとめて食いだめをするのに便利である。
[粕谷俊雄]
感覚
イルカは他のクジラ類と同様に嗅覚(きゅうかく)がなく、第1脳神経も完全に消失している。味蕾(みらい)らしいものがあり、味覚はあると思われる。胎児期には吻に感覚毛を生ずるが、生後しばらくすると脱落してしまう。しかし、体表には神経端末が分布し触覚をつかさどるらしい。この神経端末は顔面部に密度が高い。カワイルカ類と異なり、視覚は十分機能しているが、海水の透明度は40メートル以下なので、イルカの生活には聴覚のほうが重要である。この点は、目が退化傾向にあるカワイルカ類でとくに著しい。イルカは音に対して敏感であり、聴神経は脳神経のなかでももっとも太く、機能の重要さを示している。イルカの発する声は数キロヘルツから200キロヘルツに及ぶが、その発音機構については明らかでない。喉頭(こうとう)部(声帯はない)で発するとも、鼻道の途中にある複雑な形をした4対の袋に空気を出し入れして発するともいわれる。耳孔は体外に開いていないが、中耳と内耳の基本構造は陸上哺乳類とほとんど差がない。音は体表面から、あるいは下顎骨の先から耳に伝わるといわれる。いずれにしても、鼻道の袋と中耳の周りの発達した空気室が、発生、送達(指向性をもたせて声を送り出すこと)と受容に重要な機能を果たしている。イルカの声の機能の一つは、反射音を利用して水中の物体を探知することである。実験によれば、直径数ミリメートルの鉄球も容易に識別するらしい。もう一つの働きは仲間との交信である。ゴンドウクジラ類のシャチでは、群れによって発する音のパターンが違うので、仲間の識別に役だっているらしい。繁殖期には特殊な声を出すともいわれる。イルカの脳重はハンドウイルカで2キログラム、シャチで6キログラムに達する。体重比はいずれも1.2%に近い。ヒトでは約2%である。イルカの知能は高く、飼育結果から、チンパンジー程度であろうといわれるが、現段階では適当な測定方法がない。
[粕谷俊雄]
分布
マイルカ類の系統は第三紀中新世に出現し、その後カワイルカ類などの古い型のイルカを排除して大発展を遂げ、今日では浅海性の種類は一部の地方においては淡水にも侵入している。南アメリカ東岸に広く分布するコビトイルカはアマゾン川およびオリノコ川上流にまで侵入し、東南アジアのスナメリは揚子江(ようすこう)に、熱帯アジアのオルセラ(カワゴンドウ)はイラワディ川その他の河川に分布を広げている。ネズミイルカも浅海種であり沿岸や内湾に多い。カマイルカとハンドウイルカも比較的沿岸を好み、沖合いには少ない。そのほかのイルカはおもに外洋に生活する。イルカは体温36~37℃を維持する恒温動物であり、外界の水温変動に耐えられる。しかし、大形クジラと違って水塊をまたぐ大回遊はしない。したがってわが国の近海では、寒流系と暖流系のイルカがすみ分けており、その境は水温15~20℃にある。前者にはイシイルカ、ネズミイルカ、セミイルカがあり、後者にはスナメリ、マイルカ、スジイルカ、マゴンドウなど14種がある。カマイルカは本来寒冷性ではあるが、やや中間的な性質を保持している。シャチは広域性でほぼ全世界に分布する。
[粕谷俊雄]
生態
イルカの群れについては、まだ断片的な知見しかない。スナメリの群れの9割は単独か母子連れ、あるいはつがいと子からなっている。イシイルカでも群れは小さく、3頭前後が多い。これはネズミイルカ類の特徴であり、社会行動の未発達を示すものであろう。カワイルカ類も同様と思われる。永続性のある大きな群れは外洋性のイルカにみられる。バンクーバー島(カナダ)周辺で、200頭のシャチを個体識別して、7年間連続観察した例がある。これによると、群れは大家族集団であり、子は産まれた群れで成長し、そこで繁殖するらしい。繁殖、索餌(さくじ)などで群れが一時的に混じっても、まもなく元のとおりに分かれるという。群れのサイズは50頭以下で、大きくなると分裂する。群れには雄が少なく、少夫多妻的傾向がある。わが国の沿岸で捕獲されたマゴンドウの群れの調査でも類似した結果が得られている。ただし、雄は成熟後は群れの間を渡り歩くらしい。すなわち少数の雄を含む母系社会である。スジイルカやマダライルカの群れは普通50~200頭であるが、500頭以上の群れもまれではない。2歳から10歳までの未成熟イルカ(雌雄)の群れと、乳飲み子と成熟した雌雄よりなる繁殖群とが基本であるが、多くの場合、種々の比率で両者の要素が混じっている。離乳した子イルカは、ときおりまとまって繁殖群から分かれるが、成熟すると個々に繁殖群に戻るらしい。シャチやマゴンドウと異なり、群れは家族集団ではなくなっている。雌雄の比率はほぼ等しい。イルカの群れは繁殖以外にも、索餌や天敵の回避などを協力して行う機能がある。イルカは概して入手しやすいものをなんでも食べる。歯の強いシャチやオキゴンドウは主としてサケやマグロのような大形魚を食べるが、前種はときにはクジラやアザラシも食べる。マゴンドウやハナゴンドウはもっぱらイカをとる。普通のイルカはイカ、ハダカイワシ、深海性のエビ、小魚などを食べる。このため、ハンドウイルカでも200メートル以深、ゴンドウクジラなどでは400~500メートルまで潜水する。
[粕谷俊雄]
生活史
イルカの寿命は、人間のそれに近く比較的長いので、個体観察によってその生活史を研究するのは困難である。現在は、歯の象牙(ぞうげ)質やセメント質の中の年輪を数えて、これをもとに生活史を解析している。寿命は普通50~60年、平均成熟年齢は7~10年の種類が多い。ただし、体の小さいネズミイルカ類や一部のカワイルカ類では3~7年で成熟するが、寿命も短い。雄が大きくなるマゴンドウでは、雌の9年に対して雄は平均17年で成熟する。寿命も45年と短い(雌は62年)ので、ゴンドウの社会では成熟雄は少ない。大部分のイルカは死ぬまで妊娠可能であるが、年齢とともに妊娠率は下がる。ただし、マゴンドウの雌は30~40歳で妊娠しなくなる。妊娠期間は10~15か月、小形種ほど短い。1産1子。離乳は早くて1年弱、遅い種で4~5年で完成する。出産間隔は環境、年齢で変わるが、普通2~6年に1回である。
[粕谷俊雄]
保護と利用
イルカの利用は、水族館における見せ物としては世界的に普及しているが、漁業としては小規模なものを除けば日本に限られている。日本では、三陸のイシイルカの突ん棒(つきんぼう)漁、伊豆と和歌山県太地(たいじ)地方のスジイルカ属、マゴンドウ、ハンドウイルカなどの追込み漁で、年間2万頭前後が商業的に捕獲されている。また、巻網、刺網などにかかって多くのイルカが死亡したり、イルカの漁業妨害、およびそれに伴う人間との魚の配分をめぐる争いは世界各地で発生し、自然保護と漁業のあり方が問題となっている。インダスカワイルカのように、灌漑(かんがい)用のダム建設によって生息数が1000頭程度に減少した種類もある。
[粕谷俊雄]
民俗
ギリシア神話では、イルカはつねにポセイドンのお供をしている。ポセイドンは水の神で、そのシンボルは三本またのやすである。このやすで海面をたたけば海は荒れて大時化(しけ)となるし、陸上の岩を突けばそこから水が噴出する。ヘレニズム時代になるとイルカは想像上の動物と化して、その尾はやすのように三つまたとなっている。他方、中国では漢の武帝(在位前141~前87)の時代に西域との交易が盛んとなり、絹と交換でヘレニズム文化も入ってきた。そのなかにイルカもあった。当時の宮殿柏梁台(はくりょうだい)が火災にあって焼け、その跡に建章宮を建てたが、このとき越(えつ)の巫子(みこ)が次のように進言した。海中に虯(きゅう)という魚がいて、その尾は鴟(し)に似ている。この尾で波をかき回せばたちまちにして雨が降る。火災予防のため、この動物の像を大屋根の上にのせるべきである。この進言に従ったものが鴟尾(しび)の起源であり、その動物は明らかにギリシアのイルカである。
この鴟尾は日本にも輸入されて、東大寺大仏殿の鴟尾となったが、ここではあまりに抽象化されて、何の像かわからなくなっている。鴟尾が本来の形に戻ったのは、織田信長が1576年(天正4)に築いた安土(あづち)城以後のことであり、それが名古屋城の金の鯱(しゃち)(金鱐(きんしゅく))にまで発展するのである。
[大村秀雄]
『西脇昌治著『鯨類・鰭脚類』(1965・東京大学出版会)』▽『シュライパー著、細川宏・神谷敏郎訳『鯨』(1965・東京大学出版会)』▽『黒木敏郎著『イルカと人間』(1973・講談社)』▽『大村秀雄著『鯨の生態』(1974・共立出版)』