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ウィーヒェルト Ernst Wiechert

大辞林 第三版の解説

ウィーヒェルト【Ernst Wiechert】

1887~1950) ドイツの小説家。内面に沈潜する瞑想的な作風。小説「イェローミンの子ら」「無名のミサ」、強制収容所での記録「死者の森」など。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

百科事典マイペディアの解説

ウィーヒェルト

ドイツの地震学者。1905年ゲッティンゲン大学教授。地震計の理論を発展させ,ウィーヒェルト地震計を発明,地震波の走時曲線より地球内部地震波の速度を知る方法を考案,地球内部構造研究の開拓者となった。
→関連項目グーテンベルク=ウィーヒェルト不連続面

ウィーヒェルト

ドイツの小説家。出身地東プロイセンの自然への畏敬(いけい)が作品の基調をなし,2ヵ月の強制収容所生活体験の記録《死者の森》や《単純な生活》(1939年),《イエローミンの子ら》などの長編のほか,多くの童話随筆を残している。

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世界大百科事典 第2版の解説

ウィーヒェルト【Ernst Wiechert】

1887‐1950
ドイツの作家。本名Barany Bjell。高校教師を務めてのち第1次大戦に従軍。負傷して復員後教職に戻ったが,33年退職してオーバーバイエルンに移住。以後ニーメラー牧師らとともに講演や文筆によってナチス批判の活動をしたため,38年ブーヒェンワルトの強制収容所に投ぜられた。《死者の森》(1945)はその体験に基づく貴重な記録である。釈放後もゲシュタポの監視下におかれ,第2次大戦中は執筆禁止処分を受けた。

ウィーヒェルト【Johann Emil Wiechert】

1861‐1928
ドイツの地震学者。ティルジットに生まれる。1889年ケーニヒスベルク大学の物理学科卒業。90年同大学の物理学の講師。97年ゲッティンゲン大学へ移り,地球物理学を研究,1905年同大学教授。彼の業績は,地震計の数学的理論を確立し新しい地震計(ウィーヒェルト地震計)を製作したり,地震波の伝播の数学的研究を行い地球内部構造研究の基礎を築き,自らも核の存在を予言するなど,理論と観測の両面にわたって現代地震学の基礎を築いた。

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世界大百科事典内のウィーヒェルトの言及

【児童文学】より

…オーストリアのザルテンF.Saltenの《バンビ》(1923)とE.ケストナーの《エミールと探偵たち》(1928)が出ると,新生面がひらけるかにみえたが,第2次大戦でとざされてしまった。しかし,わずかではあるが,ウォルフF.Wolf,ウィーヘルトE.Wiechertらのすぐれた作品がある。 現在ドイツは2分しているが,ケストナー以下ミューレンウェークF.MühlenwegやヘルトK.Held,シュポンゼルH.SponselやバウマンH.Baumannと歴史もの・冒険もののうまい作家がつづき,リュートゲンK.Lütgenも前代の大衆作家K.マイを顔色なからしめている。…

※「ウィーヒェルト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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