ウェリントン(英語表記)Wellington

翻訳|Wellington

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウェリントン
Wellington

ニュージーランド首都。ノース島の南端,ウェリントン地方,クック海峡に臨む。ウェリントン湾 (旧称ニコルソン湾) を囲むように埋立地,狭い海岸低地,丘陵地に発達する。平均気温1℃ (最寒月) ~26℃ (最暖月) ,年降水量 1271mm。 10世紀にポリネシア人のクーペが発見,1839年イギリス人による町の建設が始まり,1865年にオークランドに代わって首都になった。同国の商業,金融の中心地であり,ウェリントン・ハット地区を中心として衣料,輸送機器,食品,印刷,金属,機械,化学など多岐にわたる工業が発達。ウェリントン港を通して石油製品,鉱物,自動車などが輸入され,冷凍肉,新聞印刷用紙,羊毛,チーズ,果物などが輸出される。ビクトリア大学 (1897) ,国立美術館,博物館,中央図書館,動物園,植物園,公園,運動場などがある。政府庁舎は 1876年に建設され,世界最大級の木造建築物として有名。国内空路の中心であり,また国際空港もある。人口 17万9466(2006)。

ウェリントン
Wellington

南アフリカ共和国西ケープ州西部の町。ケープタウン北東約 80kmに位置。果樹栽培や,ワイン,果実缶詰,羊毛加工,皮革業の中心地で,学校,ラグビー場などのスポーツ施設が多い。人口約 2万。

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デジタル大辞泉の解説

ウェリントン(Arthur Wellesley Wellington)

[1769~1852]英国の軍人・政治家。ナポレオンワーテルローに破った。のち、トーリー党党首として首相となり、カトリック教徒解放法を成立させた。

ウェリントン(Wellington)

ニュージーランドの首都。北島南部に位置し、クック海峡に臨み、天然の良港をもつ。名称はワーテルローの戦いでナポレオン1世軍を破ったウェリントン公爵に由来する。1840年、ニュージーランド会社による入植が始まり、1865年にオークランドより遷都した。劇場、美術館などが多い文化都市であり、映画産業の中心地として知られる。人口、行政区19万、都市圏38万(2008)。
南アフリカ共和国南西部、西ケープ州の町。ケープタウンの北東約70キロメートルに位置する。同国を代表するワイン産地の一つであり、近隣のステレンボッシュパールなどの産地とあわせてワインランドとよばれる。

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百科事典マイペディアの解説

ウェリントン

英国の軍人,政治家。1809年スペイン独立戦争に当たり在スペイン軍総司令官となり,1814年南仏に進撃。戦功により受爵。1815年ウィーン会議の英国代表。再起したナポレオンを同年ワーテルローの戦で破る。トーリー党の首領として首相(1828年―1830年)となり,1829年カトリック解放法を成立させた。
→関連項目スペイン独立戦争ロレンス

ウェリントン

ニュージーランドの首都。北島の南端に位置し,クック海峡に臨む港湾都市。内外の貿易・海上交通の中心。造船業が盛ん。大学が多く,博物館もある。1876年建築の旧政府庁舎は世界最大級の木造建築の一つ。1840年創設,1865年,オークランドにかわって首都となった。39万7974人(2006)。
→関連項目クック海峡ニュージーランド

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世界大百科事典 第2版の解説

ウェリントン【Wellington】

ニュージーランドの首都で,同国第2の都市。人口32万7000(1993)。北島の南端,クック海峡に臨むニコルソン湾に面する。平均気温は最暖月(2月)15.7℃,最寒月(7月)7.8℃。年降水量は1271mm。ニコルソン湾西岸のウェリントン市,北岸のロワー・ハット市,その北東のアッパー・ハット市,ウェリントン市の北のポリルア市などの地方自治体に分かれている。同国の地理的中心に位置し,首都として政治・経済の中心であり,輸送機械をはじめ各種工業を持つ工業都市としても発展(工場数全国3位,生産額2位)。

ウェリントン【Arthur Wellesley,1st Duke of Wellington】

1769‐1852
イギリスの軍人,政治家。モーニントン伯の三男としてダブリンに生まれる。イートンを経て,フランスのアンジェ士官学校に学び,イギリスの歩兵中尉に任官,アイルランド議会の議員(1790‐94),インド駐在歩兵部隊の司令官(1797‐1805)を務めたのち,1808年からイベリア半島でナポレオンのフランス軍と対戦,14年ついにフランスに侵攻,その際元帥となり,次いで公爵に叙せられた。フランス軍を敗走させてナポレオンを退位させたあと,イギリス代表としてウィーン会議に列席,次いでエルバ島を脱出したナポレオンを連合軍最高司令官としてワーテルローの戦に破った(1815)。

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大辞林 第三版の解説

ウェリントン【Wellington】

ニュージーランドの首都。北島(ノースアイランド)の南端クック海峡に面する港湾都市。羊毛・酪製品などを輸出。

ウェリントン【Arthur Wellesley Wellington】

1769~1852) イギリスの軍人・政治家。対ナポレオン戦争を指揮して1814年パリ入城、翌年ワーテルローの戦いに勝利。28年トーリー党内閣の首相となる。

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世界大百科事典内のウェリントンの言及

【サラマンカ】より

コムネロスの反乱(1519‐21)では,カルロス1世に反旗を翻し敗れたが,18世紀初頭のスペイン継承戦争に際しては,フェリペ5世を支持し,カスティリャの陣営に加わった。郊外のアラピレスArapilesは,1812年7月22日,ウェリントン将軍指揮下のイギリス・スペイン連合軍が,マルモン将軍率いるフランス軍を破り,スペイン独立戦争の趨勢を決めた地として名高い。1936年に勃発したスペイン内戦では,最初から反乱者側につきフランコもここに総司令部を設置し,新政府がブルゴスで樹立されても,各省庁の末端機関は移動されなかった。…

【スペイン独立戦争】より

…しかしスペイン国民はサラゴサヘロナの包囲戦で英雄的な抵抗を示し,またイギリスがスペインを支援した。なかでもウェリントンに率いられたスペイン軍,および各地のゲリラ集団(エスポス・イ・ミーナ,エル・エンペシナード,メリーノ司祭,エローレス男爵らが率いた。これが史上最初の〈ゲリラ〉戦である)が,スペイン全土において活発な反フランス軍活動を行った。…

※「ウェリントン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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