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ウルグアイ Uruguay

翻訳|Uruguay

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウルグアイ
Uruguay

正式名称 ウルグアイ東方共和国 República Oriental del Uruguay。
面積 17万7879km2
人口 338万(2011推計)。
首都 モンテビデオ

南アメリカ中南部東岸にある国。大西洋から湾入する大三角江ラプラタ川をつくるウルグアイ川の下流部東岸を占める国で,このことが「ウルグアイ川の東の共和国」を意味する正式国名の由来。同川を隔てて西はアルゼンチンと相対し,北はブラジルと国境を接し,東は大西洋,南はラプラタ川に面する。国土の大半はゆるやかに起伏する草原地帯で,サンタナ,グランデ,アエドなどの丘陵がところどころに高まりをみせる。南東部の海岸沿いには潟湖や砂丘が発達。ウルグアイ川支流ネグロ川が国土を斜めに貫流し,中流部にはダムが建設され,その上流に広大な人造湖が形成されている。全域が温帯湿潤気候区に入り,温暖でしのぎやすい。平均気温は最も寒い7月で 10℃,夏の1~2月は 22℃。雨は年間を通して降り,年降水量は約 900mm。住民の大部分は 19~20世紀にスペイン,イタリアなどヨーロッパ諸国から移住してきた白人の子孫で,ほかにごく少数の混血,黒人,インディオが住む。スペイン語が公用語で,通用語としても広く用いられる。ローマ・カトリック信者が4分の3を占める。 19世紀初めの独立当時は国土はもっぱら放牧地として利用されていたが,その後南から北に向って次第に農耕が行なわれるようになった。現在も羊毛と牛肉が最大の輸出品であるが,国内総生産の割合は,工業に凌駕されている。主要作物はコムギ,トウモロコシ,イネ,ジャガイモなどで,輸出品としても重要。歴代の政府は国内工業の発展に努めているが,石油,石炭,鉄鉱などの鉱物資源を欠くため重工業は未発達で,工業は農畜産物加工と石油精製のほかは各種消費物資の製造が中心である。首都とプンタデルエステとの間には海浜保養地が多く,これらを中心に観光業が発展している。国土が狭く比較的平坦であるため,交通網はよく発達しており,首都から放射状に延びる鉄道,道路が国内主要都市を結ぶとともに,数ヵ所でブラジル,アルゼンチンの交通網に連絡している。 (→ウルグアイ史 )

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デジタル大辞泉の解説

ウルグアイ(Uruguay)

南アメリカ南東部の共和国。ウルグアイ川の東にある。首都モンテビデオ。国土の3分の1が草原地帯で、牧畜業が盛ん。羊毛・牛肉を産出。植民地時代にはポルトガル・スペインの係争地。1828年ブラジルから独立。正式名称はウルグアイ東方共和国。人口351万(2010)。

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百科事典マイペディアの解説

ウルグアイ

◎正式名称−ウルグアイ東方共和国Oriental Republic of Uruguay。◎面積−17万6215km2。◎人口−329万人(2011)。◎首都−モンテビデオMontevideo(130万人,2011)。
→関連項目サルト

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世界大百科事典 第2版の解説

ウルグアイ【Uruguay】

正式名称=ウルグアイ東方共和国República Oriental del Uruguay面積=17万6215km2人口(1996)=314万人首都=モンテビデオMontevideo(日本との時差=-12時間)主要言語=スペイン語通貨=ウルグアイ・ペソUruguayan Peso南アメリカの二大国であるアルゼンチンとブラジルに挟まれた小国で,面積,人口ともに南アメリカのスペイン系諸国のなかでは最も小さい。

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大辞林 第三版の解説

ウルグアイ【Uruguay】

南アメリカの南東部、大西洋とラプラタ川に面する共和国。スペイン領をへて1828年ブラジル領から独立。住民はスペイン・イタリア系の白人。主要言語はスペイン語。国土の大部分がパンパで、羊毛・牛肉・皮革などを産出。首都モンテビデオ。面積17万5千平方キロメートル。人口350万( 2005)。正称、ウルグアイ東方共和国(東方とは「ウルグアイ川の東」の意)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ウルグアイ
うるぐあい
Oriental Republic of Uruguay英語
Repblica Oriental del Uruguayスペイン語

アルゼンチン、チリ、パラグアイとともにサザンコーン(スペイン語でコノスルCono Sur)とよばれる南アメリカ南部に位置する大西洋岸の小国である。面積は17万6215平方キロメートル。北側はブラジルに、南側および西側はラ・プラタ川とその支流であるウルグアイ川を境にアルゼンチンと接しているため、歴史的にも政治・経済的にも両国の影響を多く受けてきた。正式国名はウルグアイ東方共和国Repblica Oriental del Uruguayである。「ウルグアイ」は同国の先住民のひとつであるグアラニーのことばで「鳥の飛来する川」を意味するといわれ、「東方」は植民地時代にウルグアイ川の東側に位置することで「バンダ・オリエンタル」とよばれていたことに由来する。ウルグアイ人は「東方人」(orientales)と称することもある。人口は331万4000(2006推計)、334万(2009推計)、公用語はスペイン語である。[堀坂浩太郎]

自然・地理

地勢的には、ブラジル南部の台地とアルゼンチンの大平原パンパの延長線上にあるため、国土全体がなだらかな丘陵地帯を形成する。高いところでも標高500メートル程度で、国土の大半が農牧業に適する。南緯30度から35度に位置し、温帯性気候である。冬(6~8月)の平均気温は12~13℃、夏(12~2月)は22~23℃と穏やかで、降水量は年600~1200ミリメートル。ただ、冬の暖かい北風が、パンパから吹いてくる南西の冷たい風パンペロに突然変わるというように天候の急変がみられる。
 ウルグアイには、ブラジル、パラグアイにも広がる世界有数の地下水脈グアラニー帯水層があり、世界的に水の重要度が増すなかで秘められた天然資源となっている。
 首都はモンテビデオ。同市を含めて主要都市(サルト、パイサンドゥ等)はラ・プラタ川とウルグアイ川に沿って展開する。首都への人口集中度が高く(約140万人)、他の都市は多くても10万人規模の人口である。1680年にポルトガルの貿易港として建設された最古の町コロニア・デル・サクラメントはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されており、大西洋に面したプンタ・デル・エステは南米有数のリゾート地である。多角的貿易交渉ウルグアイ・ラウンドの閣僚会議(1986)が開催されるなど、国際会議の舞台にもなってきた。
 人種構成は、ヨーロッパ系住民(白人)が人口の90%を占める。先住民(チャルア、グアラニー)およびアフリカ系住民(黒人)はごく少数で、残りはヨーロッパ系住民と先住民、アフリカ系住民との混血からなるメスティソやムラートである。[堀坂浩太郎]

歴史

19世紀末までのウルグアイの歴史は、旧宗主国であったスペインのほか、ポルトガルやイギリス、フランスなどの列強によって干渉を受けると同時に、小国ゆえにブラジルやアルゼンチンの勢力圏拡大抗争に振り回された。1516年にスペイン人が到達し、1776年に同国のリオ・デ・ラ・プラタ副王領に編入された。独立運動の混乱に乗じてポルトガルが侵略しブラジルの一部(名称シスプラティーナ)とされたが、アルゼンチンの支援とイギリスの調停によってブラジルとの講和が成立し1828年に独立した。1864~1870年には、アルゼンチン、ブラジルと三国同盟を結成し、パラグアイ戦争(アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイの三国同盟軍とパラグアイとの領土をめぐる戦争。パラグアイの敗戦となり、パラグアイは領土の約4分の1を失った)に臨んだ。
 19世紀後半以降、羊毛生産のほか小麦、肉牛の生産でヨーロッパの食糧庫的存在として注目されるようになり、イタリアおよびスペインからの移民が急増した。
 20世紀に入ると、政治の民主化、社会保障制度の整備が進み、教育水準も高かったため「南米のスイス」と称された。しかしながら伝統産業(農林畜産物)の輸出に依存するあまり産業の近代化が進まず、1929年の世界大恐慌や第二次世界大戦終了(1945)後の農産品不況の打撃を受けた。経済不振のなかで1960年代に入ると、都市ゲリラ「ツパマロス」による要人誘拐や暗殺、外資襲撃が横行し、その鎮圧で実績をあげた軍部が1973年2月の政変で政治権力を掌握した。1985年3月の民政移管までの憲法停止下で12年間弱、軍人が4代の大統領職に就き、軍部独裁による権威主義体制が続いた。[堀坂浩太郎]

政治

政体は共和制で、国民による直接選挙で選出される大統領が行政権を掌握する大統領制である。議会は上院(31議席)、下院(99議席)の二院制で選挙は比例代表制。大統領、議員ともに任期は5年で大統領は連続再選禁止である。司法は、簡易、第一審、控訴、最高の各裁判所のほか、軍事、行政裁判所で構成される。地方政府はモンテビデオ特別県を含め19県からなる。
 ウルグアイは、政党活動が大幅に制限された軍事政権期(1973~1985年)を除き、独立以来21世紀に入るまで、コロラド党およびブランコ党(正式名称は国民党)の二大政党制が機能した南米では数少ない国のひとつである。前者は都市部や労働組合を基盤に革新的・世俗的で、後者は農村部が基盤で保守的でカトリックの影響が強いとみなされてきた。人口が集中するモンテビデオとその他の地域という同国の社会特性を反映した結果である。1985年の民政復帰後、最初の大統領がコロラド党のフリオ・サンギネティJulio Sanguinettiで、その後はブランコ党のルイス・ラカジェLuis Lacalle、コロラド党のサンギネティ(2度目)、同ホルヘ・バジェJorge Batlleと続いた。
 二大政党制が崩れたのが、進歩会議・拡大戦線(EPFA)の元モンテビデオ特別県知事タバレ・バスケスTabar Vzquezが大統領に選出された2004年10月選挙であった(就任は2005年3月)。初の左派政権の誕生で、続く2009年の大統領選でも軍政時代にゲリラ闘争に従事した拡大戦線(FA)の元農牧・水産相ホセ・ムヒカJos Mujicaが選出された(就任は2010年3月)。
 外交面では、ブラジルとアルゼンチンの南米二大国に挟まれ「緩衝国」的存在である。1970年にラ・プラタ川を共有する5か国間でラ・プラタ流域条約を締結し、1995年1月には近隣4か国(アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ブラジル)でメルコスール(南米南部共同市場)を結成した。その一方でアメリカとの間で貿易投資枠組み協定(2007)を締結している。国連の平和維持活動(PKO)にも積極的である。[堀坂浩太郎]

経済・産業

輸出財(2009年、54億ドル)の7割を農林畜産物が占めるなど、典型的な農業国である。GDP(国内総生産)は2009年で360億ドル(世銀統計)と小規模だが、国民1人当りGNI(国民総所得)は9360ドルと高位中所得国に含まれる。温暖な気候と規制緩和がプラスとなって、保養地および金融センターとして南米南部のなかで特異な地位を占めている。近年は、水深の深い港湾や関税・法人税免除等の税制恩典がある貿易フリーゾーン(FTZ)の存在によって、メルコスール地域の貿易中継基地としても浮上している。
 1999年から2002年にかけ、ブラジル、アルゼンチンの経済危機の余波を受け、金融制度崩壊の瀬戸際に立たされたが、IMF(国際通貨基金)等の支援を受けて乗り切り、経済諸改革を推し進めた。2004~2008年は年率約8%の成長を達成し、2009年の世界金融危機の影響は軽微にとどまった。左派政権下でもマクロ経済安定重視の政策スタンスを堅持し、メルコスール市場を視野に入れた外資の進出がみられる。輸出の28%(2009)がメルコスール諸国向けで、そのほかにEU15%、中国4%、アメリカ3%と続く。通貨はペソである。
 モンテビデオには、ラテンアメリカ統合連合(ALADI。中南米12か国が加盟する貿易統合組織)やメルコスールの事務局がある。[堀坂浩太郎]

社会・文化

学校教育は小・中・高の六・三・三制をとっており、中学校までが義務教育である。1995年からは4歳児以降就学前教育の義務化の動きが始まり、小学校の生徒全員にパソコン配布を目標としたITリテラシー教育に力を入れている。大学は国立の共和国大学のほかカトリック大学など私立5校からなる。国連が集計する人間開発指数(HDI)では総合で世界50位(2007)にランクされるが、教育は30位で、南米ではトップである。
 ウルグアイは、1930年に行われたサッカーのワールドカップ第1回開催国かつ最初の優勝国として知られる。1950年に二度目の優勝を果たしたほか、オリンピックにおいてもサッカー競技で二度優勝している。
 音楽では、アルゼンチンとならびタンゴやその前身のミロンガが代表的で、モンテビデオに移住したイタリア系都市労働者の影響がみられる。またアフリカ系住民がもたらした打楽器中心のカンドンベやパンパの牧童ガウチョの抒情的な民俗舞踊ペリコンなどがある。
 憲法により信仰の自由が保障されており、政教分離が確立しているが、宗教ではカトリック教徒が人口の過半を占めている。[堀坂浩太郎]

日本との関係

日本との外交関係は1921年(大正10)9月に樹立され、1942年からの第2次世界大戦による国交断交期間を経て、1952年(昭和27)12月に復交した。2008年9月に日本人のウルグアイ移住100周年記念式典が行われ高円宮妃殿下が訪問しているが、日系人の数は1000人未満と周辺国に比べて極めて少ない。企業進出では、河川航行用の貨物船建造や稲作に従事する日本企業の存在が知られていたが、21世紀に入りメルコスールを視野に入れた自動車部品製造や物流拠点開設に従事する日本企業が進出している。
 2009年(平成21)のバスケス大統領訪日時に、日本政府がウルグアイ国内に太陽光発電装置を整備するクリーンエネルギー導入計画への無償資金協力を約束するなど、政府開発援助(ODA)が両国間の関係形成で重要な役割をしている。1989年に両国政府間で技術協力協定が締結され、2001年、2007年にウルグアイ政府が各300億円の円建て私募債(サムライ債)を発行している。[堀坂浩太郎]
『中川文雄・松下洋・遅野井茂雄著『ラテンアメリカ現代史』(1985・山川出版社) ▽ラテン・アメリカ協会編『ラテン・アメリカ事典』(1996・ラテン・アメリカ協会) ▽田辺裕監修『世界の地理5――南アメリカ』(1997・朝倉書店) ▽大貫良夫・落合一泰・国本伊代・恒川恵市・福嶋正徳・松下洋監修『ラテンアメリカを知る事典』(1999・平凡社) ▽井上忠恕・後藤信男著『ビバ!ウルグァイ ワールドカップを制した人口300万人の小国』(2003・STEP)』

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