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エルンスト Ernst, Max(Maximilien)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エルンスト
Ernst, Max(Maximilien)

[生]1891.4.2. ケルンブリュール
[没]1976.4.1. セイセン
ドイツ出身のフランスの画家,彫刻家。ボン大学で哲学を学び,絵は独学。第1次世界大戦後バールゲルトとともにケルンでダダの運動を起し,互いに無関係な書物の挿絵を張合せて,文学的で知的な構想の画面を形成するコラージュを創始。代表作は『百頭女』 (1929) 。 1922年パリに移り代表的なシュルレアリストとして活躍。 25年には物の表面に紙を当て,その上から鉛筆などで拓本のようにこするフロッタージュの技法を初めて採用し,『博物誌』 (26) など幻想的な作品を制作。 41年渡米しニューヨークで A.ブルトンらとシュルレアリスムの雑誌『VVV』を刊行。 53年フランスに帰る。画論に『絵画の彼岸』 Au delà de la peinture (37) がある。

エルンスト
Ernst, Paul (Karl Friedrich)

[生]1866.3.7. エルビンゲローデ
[没]1933.5.13. オーストリア,ザンクトゲオルゲン
ドイツの小説家,劇作家。初めベルリンで学び,自然主義やマルクス主義に共鳴したが,のち離れ社会学の研究に打込み,特に中世社会を新しい社会のモデルと考えるにいたる。ショルツやルブリンスキーらと新古典主義を提唱。晩年は農村に引きこもって生活。悲劇『カノッサ』 Canossa (1908) ,『ブルーンヒルト』 Brunhild (09) ,評論集『形式への道』 Der Weg zur Form (06) などがあるが,特に短編小説に非凡の才を示し約 300編を残し,『喜劇役者たち』 Komödiantengeschichten (20) などがある。

エルンスト
Ernst, Richard Robert

[生]1933.8.14. スイス,ウィンタートゥール
スイスの化学者。 1956年チューリヒのスイス連邦工科大学化学科を卒業,62年同大学で物理化学博士号を取得。 63~68年アメリカ,カリフォルニア州パロアルトのバリアン協会研究員を経て,スイスに戻り,母校で講師となり,70年助教授,76年教授に就任。アメリカでの研究時代に,高分解能核磁気共鳴 (NMR) 分析法の精度を飛躍的に高める方法を発見した。すなわち従来の電磁波の波長をゆっくりと変化させる方法を,強力なパルス状の電磁波を瞬時にかける方法に変え,さらに試料が発する信号にフーリエ変換を施して吸収スペクトルを得るのである。この発見により分析可能な対象が広がった。さらに 1970年代後半以降は NMRを3次元,4次元にまで拡張し,生化学,医学,生物学物性物理学などさまざまな分野での応用を可能にした。 91年ノーベル化学賞を受賞。

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百科事典マイペディアの解説

エルンスト

ドイツ,ブリュール生れのフランスの画家。シュルレアリスムの代表的作家の一人。1919年アルプとケルンでダダ運動を興す。1922年パリに出,シュルレアリストとして活躍。
→関連項目コーネルデカルコマニー

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世界大百科事典 第2版の解説

エルンスト【Max Ernst】

1891‐1976
ダダおよびシュルレアリスムの代表的な画家。ドイツのブリュールに生まれ,ボン大学で哲学と美術史を学ぶ。1914年ケルンでアルプと出会う。19年互いに関係のない写真や印刷物を貼りあわせて意外な視像を現出させる〈コラージュ〉を試み,ケルンでダダ運動をおこす。翌年ブルトンらと交友し,やがてシュルレアリスムに加わる。22年パリへ移住し,詩人エリュアールとの共編《不死者の不幸》を出版。25年,目の粗い物体の表面に紙をあて,鉛筆などでこすって視像をえる〈フロッタージュ(摩擦画)〉の技法を発見。

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大辞林 第三版の解説

エルンスト【Max Ernst】

1891~1976) ドイツの画家。アメリカ・フランスで活躍。ダダイスムとシュールレアリスムに参加。フロッタージュ技法を駆使した画帳「博物誌」やコラージュによる「百頭女」などが有名。

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世界大百科事典内のエルンストの言及

【オブジェ】より

…デュシャンは13年以後,量産の日用品を加工も変形もせず作品化する〈レディ・メード〉で,一品制作の手仕事による個性やオリジナリティの表現という,近代芸術の理念にアイロニカルな批判をつきつけ,ピカビアの〈無用な機械〉と名づけた立体や絵画も,機械のメカニズムをとおして人間や芸術を冷笑した。第1次大戦中におこったダダは,これらの実験を総合し,アルプやハウスマンの木片のレリーフ状オブジェや,シュウィッタースのがらくたを寄せ集めた〈メルツMerz〉,エルンストの額縁に入った金庫のようなレリーフ状作品などで知られる。ロシア,オランダの構成主義の,幾何学的構成物も見のがせない。…

【木】より

…20世紀になって,サルトルはマロニエの〈根〉を見て実存の恐怖を感じ(《嘔吐》),大江健三郎は木を主題とする一連の作品の中で宇宙樹のシンボリズムを復活させた。シュルレアリストのエルンストは森の連作を描いたが,これはロマン派と中世神秘主義を継承したもので,文明に冒されぬ人間精神の根源を象徴する。モンドリアンも木の連作によって,木のもつ宇宙的シンボリズムを水平と垂直のバランスのうちに抽象化した。…

【フロッタージュ】より

…〈こすり絵,摩擦画〉の意味で,物体の粗い表面に紙などをあてて,鉛筆や筆でこする手法,あるいは作品。子どもの遊びや石拓,魚拓などに古くから用いられているが,この手法に積極的な表現の意味を与えたのは,シュルレアリスム時代のM.エルンストである。彼はある雨の日,ホテルで床板を見ていて,その木目がいらだたしさを伴った幻覚を与えるのに耐えきれず,その上に紙をあてて黒鉛でこすってデッサンを作り,幻覚をしずめた。…

【モンタージュ】より

…〈フォトモンタージュ〉ということばは,第1次大戦直後にベルリンのダダイストによってつくりだされたものである。しかし,写真的イメージの合成術は19世紀にすでにあり,またキュビスト(ブラックなど)やM.エルンストのコラージュ,マン・レイらのフォトグラムなどフォトモンタージュに類した技法も見られ,さらにフォトモンタージュそのものの手法も多様で,フォトモンタージュの概念はいまだにあいまいである。ここでは一応,フォトモンタージュを,既成の写真を合成して別のイメージを人工的につくりだす表現と考えることにする。…

※「エルンスト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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