物性物理学とは,物質に関する基礎科学を意味し,物性論ということばもよく用いられる。物質の示す熱的な性質,弾性や塑性などの力学的性質,電気的あるいは磁気的性質,光学的性質などを総称して物性といい,物質の物性に関する物理学を研究する学問分野が物性物理学である。対象とする課題は幅広く,またその分野は化学,工学などとも連続して,範囲を明確に規定することはむずかしい。しかし,大きくみて固体物理学および化学物理学を包含したものということができよう。
物質の本性を理解しようとする試みは,古代ギリシア時代までさかのぼるが,今日のごとき物性物理学が誕生したのは,1925-26年に量子力学が完成した後のことである。それ以前の19世紀の物理学はだいたいにおいて連続体の科学であり,弾性体,流体などの連続物体の力学,電磁気学,熱力学などがその代表的なものであった。このような連続体の物理学の壁を突き破ったのは,1912年のM.T.F.vonラウエによるX線回折を用いての結晶構造の解析である。X線回折,電子線回折などによる結晶構造解析法の発見は,物質が何からどのように組み立てられているかを明確に教えてくれることになった。これに加えて,1908年カメルリン・オンネスがヘリウムの液化に成功して温度の世界を極低温の領域にまで拡大し,物性の低温領域での研究を可能にしたことも,分光学技術の進歩などとともに,当時の物質の性質に関する研究に新しい息吹を吹きこむことになった。1925-26年になると量子力学が誕生し,原子の世界での法則が確立し,また気体分子運動論から生まれた統計力学も,量子統計力学にまで高められ,量子力学,統計力学が原子,分子から固体の世界にまで適用されるようになった。量子力学が原子構造の問題を解決した後,一つの方向は,原子核の構造からさらに素粒子へと物質の究極構造を目ざす道であったが,他の一つは,それとは逆に,複雑な物質が電子や原子核からどのようにつくりあげられるのか,そしてそのような構造が複雑な物性をどう支配するのかという問題に取り組むことであった。このようにして,物質の性質を原子構造にまで立ち入って微視的に理解しようとする学問が1930年代に生まれた。これが今日の物性物理学の夜明けであり,フェルミ統計,A.J.ゾンマーフェルトの金属電子論,F.ブロッホおよびA.H.ウィルソンによるエネルギーバンド理論,W.K.ハイゼンベルクの強磁性理論などが確立されたのもこの時期である。その後物性物理学は化学物理学,固体物理学を含む広い物理学の分野を形成して,素粒子物理学とともに近代物理学の二大潮流を形成してきた。
物性物理学は1940~50年代に大きな発展期を迎える。第2次世界大戦中に進歩したマイクロ波を用いた共鳴技術は,戦後新しい分光学の方法として急速に発達した。原子,分子におけるマイクロ波分光学,核スピンに対する核磁気共鳴,電子スピンに対する電子スピン共鳴,あるいはまたこれらを併用した二重共鳴は,物質内の電子状態や原子,分子の運動状態,磁性体における磁気的状態に関する知見を明らかにするのに大きな役割を果たした。原子炉によって可能となった中性子回折も,結晶構造や磁気構造の決定に大きな貢献をした。さらに典型的な半導体であるシリコンやゲルマニウムで不純物を制御して純度の高い結晶を作ることができるようになったことも大きな進歩であった。
このような状況のもとに,1948年ベル電話研究所のJ.バーディーン,W.H.ブラッテン,W.B.ショックリーによってトランジスターが発明されたが,この発明は物性物理学にとって画期的であったのみならず,純正な研究が工学的応用に対しても巨大な力をもつことを明らかにした点でもきわめて意義深い。半導体物理学はこれを契機に固体エレクトロニクスと相関を保ちながら大きな発展を遂げ,今日の半導体技術発展の基礎を築いた。
1950年代に入ると物性物理学はさらに輝かしい発展を遂げる。その頂点はバーディーン,L.N.クーパー,J.R.シュリーファーによる超伝導現象の解明である。この理論によって,1911年のカメルリン・オンネスによる超伝導現象の発見以来,半世紀にわたってなぞであった超伝導の本質が解明され,超伝導物理の大きな分野が開かれた。62年のジョセフソン効果の理論的予言とその後の実験的検証は,この分野の発展にさらに輝きを加えることになった。このほか1950~60年代に新しく登場した実験的方法にメスバウアー効果がある。この方法は,ジョセフソン効果同様,今日では物理の領域をこえて広く応用されている。
1960~70年代にはスペクトロスコピーの実験手段も目覚ましい発展を遂げた。1960年のレーザーの発明は分光学の概念を一変し,光物性の研究に画期的飛躍をもたらし,またシンクロトロン放射により赤外からX線までの広範囲な連続スペクトルを出す強力な光源が得られ,大型計算機の利用とあいまって物質の状態に関する精密な知見が得られるようになった。このほか,非晶質物質に関する研究も大きな発展を遂げた。
1980年代に入ると,研究の一つの方向は,できるだけ極限的な環境条件を実現し,その条件下でどのような物性を示すかの解明に向かった。この分野は極限物性と呼ばれ,極限環境としては超低温,超高温,超強磁場,超高圧,強力な超短パルス電磁波などがおもなものである。極限物性の研究は,極限という理想条件において物質の本質的問題を探るとともに,また宇宙,地球深部など,直接到達しえない自然の物理に対する実験室的研究方法も与えることが期待される。また化学,工学の分野とも協同で,物質設計ともいうべき高次の性質をもつ物質の制御についての研究も盛んになりつつある。無機から有機物質に至る低次元導電体,炭素繊維,層間化合物などの開発は,次世代を担う新しい物質群として大きな関心を集めている。
執筆者:上村 洸
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
物質の巨視的な性質について,微視的な原子・分子の立場から研究を進める学問をいう.物理学は普通,原子・分子からさらに小さい基本的粒子へと研究を進めていく,いわゆる原子核・素粒子論と,その逆の方向に研究を進める物性物理学の二つに大別される.後者は1950年ころまでは物性論といわれてきたが,その内容がいちじるしく豊富になった今日,物性物理学とよばれるようになった.外国語にはこれにあたる適切なことばがない.最近,アメリカで使われていることばmaterial scienceの内容がそれに近い.物質の構造,またその力学的,熱的,電気的,磁気的諸性質は,理論的・実験的に多数の分野に分かれて研究がなされている.理論的研究の面では,量子力学と統計力学が基礎になっている.実験的研究では,電磁波と物質との相互作用に対する光学的測定,広範囲にわたる温度領域・圧力領域・磁場領域に対する物質の諸性質の測定,電子線・中性子線の回折や照射効果の測定などきわめて多種多様である.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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