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オッカム オッカムOckham, William; William of Occam

6件 の用語解説(オッカムの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オッカム
オッカム
Ockham, William; William of Occam

[生]1280頃.オッカム?
[没]1349. ミュンヘン
イギリスの神学者。フランシスコ会士。言葉や概念は事物の客観的形象を与えず,普遍とはただ考えられた記号としてのみ妥当し,実在するものは個別的存在のみであるとする唯名論を述べ,神は伝統的な証明の領域をこえ,神学は厳密には学的妥当性を有しないが,信仰において承認される事実であるとした。

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デジタル大辞泉の解説

オッカム(William of Occam)

[1285ころ~1349ころ]英国のスコラ哲学者。実在論に反対して唯名論を唱え、英国における経験論の基を開いた。オッカムのウィリアム

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百科事典マイペディアの解説

オッカム

正しくは〈オッカムのウィリアム〉。英国の神学者,論理学者。フランシスコ会士。〈不敗博士Doctor invincibilis〉と尊称される。〈清貧論争〉を契機に教皇ヨハネス22世と対立,皇帝ルートウィヒ4世の庇護を求めた。
→関連項目スコラ学二重真理普遍論争フランシスコ会

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世界大百科事典 第2版の解説

オッカム【William of Ockham(Occam)】

1285ころ‐1349
神学者,論理学者。イギリス,ロンドン近郊のサリーで生まれ,フランシスコ修道会に入って後オックスフォード大学で神学を学び,神学教授の資格を取得したが,彼の学説を異端視する大学当局者の妨害のため現実に就任することができなかった。異端の嫌疑にこたえるため1324年アビニョンの教皇庁に召喚されたオッカムは,滞在3年目に当時フランシスコ会を二分していた〈清貧〉論争にまきこまれ,以後彼の生活は激変する。清貧を厳格な意味にとるべきことを主張して,教皇ヨハネス22世の決定に反抗したフランシスコ会総長チェゼナのミカエルの指示によって清貧問題を研究したオッカムは,教皇の誤りを確信するにいたり,ひそかに総長に従ってアビニョンを逃れ,反教皇の立場をあきらかにして帝位についていたバイエルンのルートウィヒ4世の庇護を求める。

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大辞林 第三版の解説

オッカム【William of Ockham】

1285頃~1349頃) 〔没年は1347年とも〕 イギリスのスコラ哲学者・神学者。唯名論的論理学を基盤に認識論等を展開、神に関する多くのことは論証によって知られることではなく、ただ信じられることだとした。フランシスコ会の同志とともに教皇を批判。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オッカム
おっかむ
William of Ockham
(1280/1285―1349)

イギリスのスコラ哲学者。オッカムのウィリアムともよばれる。イングランドのオッカムに生まれる。若くしてフランシスコ会の修道僧となり、オックスフォードに学び、やがて神学を講じたが、異端の嫌疑をかけられ、修道会の貧困の教説と教皇権の問題も加わって、破門されつつも教皇ヨハネス22世およびベネディクトゥス12世Benedictus (在位1334~1342)に抵抗した。彼の哲学と神学には論理学的観点が貫かれており、『論理学大全』Summa Logicaeに代表されるその立場は唯名論と目される。彼は、ことばを文字、音声、概念に区別したうえで、普遍は概念としてのことばであるとする。音声および文字が取り決めによって成立した記号であるのに対し、概念は理解の働きとして事物の自然的な記号である。「人間」はあくまでも個物の記号であるが、かならずしも個物を代表する(指す)とは限らず、「人間は名詞である」においては音声を、「人間は種である」においては概念を代表する。実在は個物のみであり、個物を認識する直覚知notitia intuitivaこそが明証的知識の基礎となる。この考えは、多くの神学的命題を信じられるべきものとし、これと経験的知識との分離を促し、近世の自然科学的思想の先駆となった。「オッカムの剃刀(かみそり)」とは、彼が議論にしばしば用いた「必要なしに多くのものを定立してはならない」という規則のことである。[清水哲郎]

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世界大百科事典内のオッカムの言及

【キリスト教】より

…以後各国の司教は総司教を通じて国王の統治に服し,時には教皇にそむいても国に忠誠をつくすようになった。教皇至上主義(パパリズム)に対して会議主義(コンシリアズム)が起こったのもこのころのことで,イギリスの神学者グロステストやオッカム(オッカムのウィリアム)が強く支持し,ガリカニスムを主張する国民主義的なフランス人もこれを受けいれた。捕囚はグレゴリウス11世の帰還で終わったとはいえ,フランスの枢機卿らはクレメンス7世(在位1378‐94)をアビニョンにおいてローマに対する対立教皇とし,1417年まで〈大離教〉と呼ばれるこの分離をつづけた。…

【スコラ学】より

…その背景にはパリ,オックスフォードなどの大学における活発な学問活動,アリストテレス哲学の導入,ドミニコ会,フランシスコ会を先端とする福音運動の推進などの積極的要因が見いだされる。そしてドゥンス・スコトゥスはトマス的総合を批判して,学問的により厳密な新しい総合を企てるが,その批判的側面を徹底させて,純粋な信仰と経験的・実証的な学問とが分離する道を開いたのがオッカムである。それは中世的な学問形態の終末であると同時に,新しい学問形態の端緒でもある。…

【普遍論争】より

…この精神はルターにも影響している。 オッカムは〈意味significatio〉と〈代置suppositio〉とを区別する。例えば〈ひとは死ぬ〉という命題において,〈ひと〉は一定の人を表示する意味ある語であるが,これは〈ひと〉という概念(概念名辞terminus conceptus)と解して初めて命題のうちにおかれ,個々人を記号的に代置し指示すると解されるのである。…

【唯名論】より

…普遍は等しい個物に対する単なる〈声vox〉ないし〈名nomen〉であるか,個物に面して精神が懐胎し総括する〈概念conceptus〉または概念の概念として精神により〈総括された記号terminus conceptus〉とされる。ロスケリヌス,アベラール,オッカムが代表者。アベラールは普遍は名(概念)または〈言表sermo〉であるとし,普遍の〈概念説conceptualism〉と〈言表説sermonism〉の発端となり,オッカムは普遍の〈記号説terminism〉の先駆となる。…

【論理学】より

…(2)中世――中世論理学はキリスト教のスコラ学者がつくりあげたのでスコラ論理学ともいわれる。中世論理学は13世紀にペトルス・ヒスパヌスによって書かれた《論理学綱要》でいちおうの成立を遂げるが,その完成は14世紀にオッカム(オッカムのウィリアム)によって書かれた《論理学要論》を待って行われる。ここでは古代のアリストテレスの三段論法も吸収されてはいるが,古代ギリシアになかった種類の論理学,つまり推断(コンセクエンティアconsequentia)の論理学が含まれている。…

※「オッカム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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