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オルレアン家 オルレアンけ

大辞林 第三版の解説

オルレアンけ【オルレアン家】

フランスの王家の支流。一四世紀にバロア家から、また一七世紀にブルボン家から分かれたものと二系統ある。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

オルレアンけ【オルレアン家】

フランスの親王家国王によってオルレアン公領を与えられた家系で,以下の四つがある。(1)フィリップ6世によって,その4番目の息子フィリップに1344年オルレアン公領が授けられて成立したが,後継者がなく,75年に1代で断絶した。(2)シャルル5世によって,その第2王子ルイに1392年オルレアン公の称号が与えられたことに始まる。ルイとその息子シャルルは百年戦争下にあって,アルマニャック派の中心として一大勢力を有し,ブルゴーニュ公とフランスを二分して対立した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オルレアン家
おるれあんけ
Orlans

フランスの貴族で、王家近親の次の4家系からなる。第一は、1344年バロア朝の創始者フィリップ6世が第5子フィリップのためにオルレアン公領を創設したのに始まり、その一代で断絶した。第二は、1392年シャルル6世が弟ルイLouis d'Orlans(1372―1407)にオルレアン公領を与えて成立。その子シャルルCharles d'Orlans(1391―1465)は、アルマニャック派の中心となり、ブルゴーニュ派と争った。シャルルの子ルイは1492年ルイ12世として王位につき、オルレアン公領をフランス王領に併合。その後ルイ13世は、1626年王弟ガストンGaston d'Orlans(1608―60)をオルレアン公とし、第三の家系が始まるが、彼にも後継ぎがなく、その死とともに1660年ルイ14世の弟フィリップPhilippe (1640―1701)がオルレアン公となる。この第四の家系がもっとも有名で、ルイ15世の摂政(せっしょう)フィリップPhilippe (1674―1723)、フランス革命期に自由主義貴族の首領となったフィリップ・エガリテPhilippe galit(1747―93)、その子で1830年王位につき七月王政を開いたルイ・フィリップなどを含んでいる。[服部春彦]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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