カイガラムシ
かいがらむし / 介殻虫
scales
昆虫綱半翅(はんし)目同翅亜目カイガラムシ上科Coccoideaに属する昆虫の総称。世界で約1万種、日本に約500種が知られ、ワタフキカイガラムシ科、カタカイガラムシ科、マルカイガラムシ科、コナカイガラムシ科などの各科があり、それぞれ多くの種が含まれる。アブラムシに近縁で、コナジラミ、キジラミなどの上科とともに腹吻(ふくふん)群Sternorrhynchaに分類される。口吻は前脚基節間から出るようにみえ、脚(あし)の跗節(ふせつ)が1、2節である点などがこの群の特徴である。カイガラムシは、触角が多くの節からなり、跗節は1節でその先端に1本のつめがあることで、腹吻群のほかの上科から区別される。
[林 正美]
カイガラムシは形態、生態とも非常に特殊化している。植物体上に密着して寄生固着生活をするために、体は一般に単純化し、触角、目、はね、脚などが退化し、頭、胸、腹部の境も不明瞭(ふめいりょう)である。初齢幼虫は普通、運動能力があるが、成長とともに運動器官は退化していき、雌成虫では運動機能をほとんど失ってしまう。雌成虫はその形態が幼虫からあまり変化しておらず、幼形成熟(ネオテニー)の一例と考えられる。一方、雄成虫は多節の触角、目、2枚のはねをもち自由に飛ぶことができる。ところが、口吻は退化し、彼らは餌(えさ)をとらずに短い命を交尾するためだけに生きるのである。
[林 正美]
半翅目の昆虫は不完全変態を行う昆虫群とされるが、このカイガラムシは蛹期(ようき)をもった完全変態を行う。雌では典型的な不完全変態であるが、雄は幼虫期ののち、前蛹を経て蛹(さなぎ)になる。そして、完全変態がカイガラムシ本来の成長過程と考えられる。雄は、幼虫期にいったん単純化した体も、羽化すると、頭、胸、腹部の区別が明瞭になり、長い触角、2枚のはね、3対の脚を備えた成虫となる。
[林 正美]
運動機能をほとんど失った雌は植物体上に寄生して固着生活をし、種類によっては単為生殖で繁殖する。胎生、卵胎生、卵生があり、母体内に卵塊を産むもの、体の覆いの中に産卵して孵化(ふか)するまで保護するものなどいろいろである。1齢幼虫は自由生活をし、寄主を求めて動き回るが、2齢期以降は寄生固着生活となり、体制は単純化し、分泌物で体を覆うようになる。幼・成虫の分泌物や形は種類によってさまざまであり、多くのものではろう質物、樹脂様物質、タンパク性物質などを、貝殻状、球状、紐(ひも)状、綿状、粉状に分泌して虫体を覆う。カイガラムシの名前はこの覆いに由来している。
カイガラムシは種々の植物に寄生し、多くは狭食性である。排出物は糖分を多量に含んだ液体で甘露とよばれる。これはアリなどの好餌(こうじ)となり、アブラムシと同様に、アリとの共同生活に適している。
[林 正美]
カイガラムシはほかの昆虫のすみにくい住宅地、市街地、工場地帯などにも多く発生する。自然環境の保存されていないこのような所では天敵もすめず、そのため、庭木や果樹に大きな被害をもたらす結果となる。それゆえ、カイガラムシは都市型昆虫とされ、都市化の一指標となるものである。
果樹などに大発生したカイガラムシを薬剤によって駆除するのは、効果のわりには莫大(ばくだい)な費用がかかる。ところが、より効果的な防除法として、天敵を利用する生物的防除がある。天敵を増殖し、被害地域に放すのである。イセリヤカイガラムシにはベダリアテントウ、ルビーロウムシにはルビーアカヤドリコバチ、クワコナカイガラムシにはクワコナヤドリコバチが利用され、それぞれかなりの好結果が得られている。
[林 正美]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
カイガラムシ (介殻虫)
scale insect
半翅目カイガラムシ上科Coccoideaに属する昆虫の総称。一般に,果樹,植木,観葉植物の害虫として知られる。ワタフキカイガラムシ科,コナカイガラムシ科,カタカイガラムシ科,マルカイガラムシ科など十数科からなり,系統発生上はアブラムシ(蚜虫)などに近い。世界から6000~7000種,日本からは約400種が知られる。大部分の種は,体表に分布する多数の微小な分泌孔から蠟質物や樹脂状の物質を分泌して,特有の虫体被覆物を形成し,植物に固着して寄生生活を営む。虫体被覆物の色彩,形状は,綿状,粉状,のり状,鱗片状など多様であるが,マルカイガラムシではキチン化した脱皮殻と分泌物からなる貝殻に似た鱗片状の被覆物(介殻)を形成する。これからカイガラムシの名がついた。応用上,マルカイガラムシ科のものを有殻カイガラムシ,それ以外のものを無殻カイガラムシとして区別することがある。
極地を除いた世界のあらゆる地域からその地方に特有の種が見いだされるが,熱帯地方にもっとも多くの種が分布する。いずれも糸状の長い口針をもち,植物組織に深くさし込んで吸汁する。一般に寄主植物に固着,寄生する方向への高度な適応が見られ,形態的な特殊化が著しい。初齢幼虫は触角と3対の脚を有し,孵化(ふか)直後は活発に歩行,移動するが,寄主植物に定着後,脱皮とともに脚などは退化,消失するものが多い。雄は前蛹(ぜんよう),さなぎを経て,1対の翅を備えた成虫となる(二次的に無翅となった種もある)が,雌では前蛹,さなぎの時期を欠き,雄とは異形の無翅の成虫となる。雄成虫は口器を欠き,きわめて短命で,羽化後数日で死ぬが,雌成虫は長期間生存し,その間に体型や色彩の変化するものが多い。種によっては雄が存在せず,単為生殖を行うことが知られている。
寄生をうけた植物は吸汁による直接の被害に加えて,しばしばすす病やこうやく病が誘発されて衰弱する。寄主植物は種によって異なり,ミカンの大害虫ヤノネカイガラムシはミカンにのみ寄生するが,イセリアカイガラムシIcerya purchasiやルビーロウカイガラムシ,サンホーゼカイガラムシComstockaspis perniciosaなどは多くの果樹・植木類に寄生して被害を与える。薬剤による防除はむずかしいが,天敵の利用はきわめて有効である。明治時代の末に侵入してミカン園で猛威を振るったイセリアカイガラムシに対し,原産地のオーストラリアから天敵のベダリアテントウムシを導入して抑圧に成功した例は著名で,各国とも天敵の探索と導入,増殖に力を入れている。
多くの害虫を含む一方,かつては人間生活に必要な製品原料を大量に提供してくれた有用昆虫でもあった。ラックカイガラムシLaccifer laccaの分泌物を精製して得られるシェラックは,塗料,接着剤,電気絶縁材,レコード盤などきわめて広い用途をもち,インドや東南アジア諸国で養殖されたものが大量に輸入されていた。また,メキシコ産のコチニールカイガラムシの虫体から得られるえんじ色の色素は,食紅や各種染料として用いられ,現在もわずかながら養殖が行われている。
執筆者:河合 省三
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カイガラムシ
Coccoidea; scale insect
半翅目同翅亜目カイガラムシ上科に属する昆虫の総称。分類学的にはアブラムシ,コナジラミ,キジラミなどの各上科に近い。すべて植物に寄生し,栽培植物に大害を与えるものが多い。雌雄異形で,雌では翅がなく,普通肢もなく,触角はないかまたは 11節。成虫になると宿主植物に固着して移動できなくなり,その形が貝殻を伏せたようにみえるのでこの名がある。殻がろう質の分泌物でおおわれているものもある。雄は軟弱で,前翅のみ発達するが翅脈はほとんどなく,後翅は痕跡的。触角は 10~25節から成る。ワラジカイガラムシ,タマカイガラムシ,コナカイガラムシ,カタカイガラムシ,マルカイガラムシなどの諸科が含まれる。ルビーロウカイガラムシ Ceroplastes rubens (カタカイガラムシ科) は,雌は紅色ないしあずき色の直径3~4mmの貝殻をもち,中央が隆起する。腹面から背面に向って4本の紐状白色分泌物を出す。雄は体長 1mm,暗紅色で,前翅は白色半透明である。柑橘類はじめ多くの植物の害虫として知られる。ワタフキカイガラムシ Icerya purchasi (ワラジカイガラムシ科) は,雌は直径 5mm,亀甲状楕円形で背面が強くふくらみ,黄白色のろう物質に厚くおおわれ,多量の白毛を出す。雄は体長約 3mm,前翅は黒く,体は橙黄色で白色粉がある。柑橘類をはじめ多くの植物の害虫として有名である。オーストラリア原産で,日本には 1910年頃にアメリカ合衆国と台湾から苗木について侵入し,いまでは本州以南の日本全土,熱帯,亜熱帯の各地に広く分布している。なお本種の侵入が日本で植物検疫制度を定める動機となった。ミカンコナカイガラムシ Planococcus citri (コナカイガラムシ科) は,雌は直径3~4mm,体は楕円形で橙黄色であるが,表面は白色のろう物質におおわれる。正中線は露出し黄色がかる。周縁には 17対の白ろう毛がある。柑橘類,クワ,ラン,シュロ,ヤシなどの害虫で,温室の園芸植物を加害することが多い。本州以南の日本全土,台湾,ミクロネシアなどに分布する。 (→同翅類 , 半翅類 )
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「カイガラムシ」の意味・わかりやすい解説
カイガラムシ
半翅(はんし)目ワタフキカイガラムシ科および近縁の数科に属する昆虫の総称。多くの種類があり,若齢の幼虫はよく歩き回るが,やがて植物,特に樹木の葉,枝,幹などに固着し,その汁を吸う。成長するにつれて,体から蝋物質を分泌。普通雄だけが翅のある親虫として飛びたち,固着したままの雌と交尾する。多くは群生するので,果樹,チャ,クワ,庭木などに大害を与える。農薬に強く,天敵による防除が最も有効な昆虫の一つである。イボタロウカタカイガラムシ,コチニールカイガラムシ,ラックカイガラムシなど益虫として知られる種も多い。
→関連項目石灰硫黄合剤
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世界大百科事典(旧版)内のカイガラムシの言及
【マルカイガラムシ】より
…半翅目マルカイガラムシ科Diaspididaeの昆虫の総称。大きなグループで,カイガラムシ類の大半を占め,日本から200種以上が知られている。微小な種が多く,一般に体長1~2mmくらい。キチン化した脱皮殻と虫体からの分泌物で鱗片状の虫体被覆物,いわゆる介殻(かいがら)を形成し,植物に固着して寄生生活を営む。円形の介殻を形成する種を代表して名づけられたが,介殻の形状は細長いもの,カキ殻状のものなどさまざまである。…
【こうやく病】より
…クワ,モモ,サクラ,ウメ,グミなど多くの果樹・樹木の枝や幹に,薄皮のように菌がはりつく病気で,ちょうど膏薬をはった趣を呈するのでこの名がある。担子菌に属するSeptobasidium菌が病原で,木につくカイガラムシと共生する。菌がカイガラムシの分泌物を栄養として発達して幹にはりつくと,カイガラムシはこの皮のような菌糸マットに保護されて木から汁液を吸うという関係ができ上がる。…
※「カイガラムシ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」