人間生活のために役にたつ昆虫を益虫と呼ぶ。これは害虫と同様にきわめて人為的な分け方で,利用の程度が時代によって変化するために評価も変わる。例えば作物害虫を捕食する天敵は益虫だが,その作物が栽培されなくなると益虫という評価も消えてしまう。つまりその時代の生活への貢献度によって人間が一方的に与えた呼名で,主観的かつ相対的なものであるといわざるをえない。益虫は三つに大別できる。
一つは害虫の防除に役だつ捕食性または寄生性の昆虫である。カやハエを食べるトンボの成虫,ガの幼虫をおそうアシナガバチなどの有柄亜目のハチ,小型の害虫をとらえるムシヒキアブの仲間やカマキリ類などがこれに当たる。このほか特定の種類を捕食するところから〈天敵〉と呼ばれる昆虫がある。例えばテントウムシは,アブラムシ(アリマキ)を幼虫も成虫も捕食するので〈生きた農薬〉ともいわれている。
ミカン類の大害虫であったイセリヤカイガラムシの天敵であるオーストラリア原産のベダリアテントウを発見し,アメリカのカリフォルニア州で画期的な成果をあげたこと(1888)は,害虫の生物的防除という発想の源をなすもので,まさに益虫の代名詞として喧伝された。
日本でも1909年以降ベダリアテントウを輸入し大きな成果をあげている。同様にミカン,チャ,カキなどの害虫であるルビーロウカイガラムシの天敵ルビーアカヤドリコバチの発見とその効果は,日本の安松京三の業績として有名である。寄生性の昆虫はきわめて多く,とくにハエや小型のハチには宿主の体内で育つために,それを死に至らしめるものが多い。例えばモンシロチョウの幼虫に寄生するアオムシサムライコマユバチや,ヨトウムシに寄生するヒゲナシハリバエなどは身近な益虫として名高い。
二つめは花粉を媒介する昆虫群である。ほとんどの果樹は虫媒花(ちゆうばいか)で,結実させるためには昆虫の訪花と媒介がなければならない。
ミツバチや各種のハナバチ類,ハナアブやヒラタアブなどの双翅目,それにチョウやガの鱗翅目の昆虫が吸みつのために訪れ結果として花粉を媒介し受精させている。しかし昭和30年代から使われ始めた強力な殺虫剤や除草剤は,日本にも約300種が知られているハナバチ類を激減させ,リンゴやナシの栽培には人工受粉させなければならない状態になった。そこで花粉媒介能力のたかいハチを飼養管理し,作物の増収を図るために〈益虫〉を人為的に保持するようになった。例えば東北地方や長野県などではリンゴやオウトウの結実のためにマメコバチを飼育し成果をあげつつある。こうした例はアメリカでも牧草のアルファルファの採種のためにアルカリヒメハナバチやアルファルファハキリバチを大量に飼育管理し,そのたかい受粉能力によって大規模な生産を維持しつつある。
つまり繁殖力が旺盛で巣づくりもうまく,天敵である昆虫が少ない種類で,ある植物の開花時期に活動し受粉能力がたかい種類を選び出し,これを大量に飼育して利用するわけで,まさに益虫養殖時代というべきである。
三つめはその生産物を利用したり,食用や薬用に使われる昆虫である。古くからカイコによる生糸ほど人間と深いつながりをもった昆虫の生産物はあるまい。今でも絹織物のよさはあらためて評価されている。しかし日本では生産量が年とともに減少し,大半は輸入に頼っている状態である。はちみつについても古くから人間の得た利益は計り知れないが,生産量に限度があり他の化学製品の普及もあって,過去のろうそく,ポマード,医薬品などへの応用も忘れられつつある。
ヤママユ,サクサンやテグスサンの幼虫からてぐすが得られ,ラックカイガラムシの分泌物からとれるラックからは,塗料や接着剤の原料になるシェラックがとれた。アリマキ類(ヌルデシロアブラムシなど)が,ヌルデにつくった虫こぶを乾燥させた五倍子(ふし)からタンニンをとり,インクや染料などを製造していた。これらは今では利用も限定され,他の化学的手段による産物で占められてしまった。
人間が直接食べたり薬に用いる昆虫についても日常生活とかけ離れ,一部の好事家によって伝えられている状態に近い。食用にはイナゴ,ザザムシ(渓流にすむ水生昆虫の幼虫類),ハチの子などがあるが,高価な嗜好品化していてもはや一般性はない。民間薬として子どものかんの薬とされてきたマゴタロウムシ(孫太郎虫。ヘビトンボの幼虫)などもわずかに地方によっては売られている程度になってしまった。
ホタルは観賞用として今でも脚光を浴びているが,以前にはミヤイリガイなど淡水にすむ巻貝を幼虫が食べるところから,日本住血吸虫などの風土病を防ぐ益虫として高く評価されていた。しかし人間の生活が変化し,農薬によって貝そのものが激減したために風土病も減り,いつしか観賞のためにだけホタルを有用視するようになっている。この例を見ても近年の環境破壊が昆虫そのものへの関心を低下させ,加えて科学技術の進歩がより効果的な産物を生んでいるために,益虫という概念をすら人から遠ざけつつあるように思われる。
→害虫
執筆者:矢島 稔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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人間にとって直接または間接に役だつ昆虫の呼称で、害虫に対する語。利用方法により有用昆虫と有益昆虫に分けることができる。有用昆虫のうち、昆虫自体を利用するものに、マメハンミョウを乾燥した薬用のカンタリスをはじめ、イナゴやクロスズメバチ(ジバチ)の幼虫の食用があり、タイではタガメをスパイスとして食用としている。台湾やブラジルでは、チョウのはねやタマムシなど美しい昆虫が装飾用工芸品に利用されている。また、学術研究用にイエバエやショウジョウバエなどは欠かせない昆虫である。鳴き声を楽しむためのスズムシやキリギリス、子供の愛玩(あいがん)動物として販売もされているカブトムシやクワガタムシなども商品価値がある。カイコ(生糸)、ミツバチ(蜂蜜(はちみつ))、ラックカイガラムシ(ラッカー)、フウサンやクスサン(テグス)などは、その生産物が有用である。
有益昆虫は、間接的に人間に役だつ昆虫のことで、生態学的には多くの昆虫が人間の気がつかないところで多くの益をもたらしているものと思われる。その顕著なものに、ハナバチ、ハナアブなどの花粉を媒介する昆虫があるほか、害虫の天敵となるヤドリバチやヤドリバエなどの寄生昆虫。害虫を食べるテントウムシなどの捕食昆虫。雑草を駆除するハムシなどの昆虫があげられる。
[倉橋 弘]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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