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カトー(大) カトー[だい]Cato, Marcus Porcius

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カトー(大)
カトー[だい]
Cato, Marcus Porcius

[生]前234. ツスクルム
[没]前149
ローマの著述家,政治家,雄弁家。民族主義的,反ヘレニズム的傾向の代表者。貧農の出身。執政官 (前 195) をはじめ多くの官職を歴任したが,彼を有名にしたのは監察官の職 (前 186) で,「監察官カトー」 Cato Censorと通称される。貴族の弛緩した風紀を引締め,奢侈浪費を押え,ギリシア文化の輸入に反対してギリシアの哲学者と修辞学者のローマ居留を禁じた。彼の理想は古代の質素な農業国家への復帰で,ギリシア主義のスキピオのサークルと対立した。晩年カルタゴの繁栄をみて粉砕の必要を説いた。著書のうち歴史書『ローマ起原論』 Originesと演説集は散逸したが,『農業論』 De Agri Culturaは現存するローマ最古の散文作品である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カトー(大)
かとー
Marcus Porcius Cato Censorius
(前234―前149)

古代ローマ、共和政中期の将軍、政治家。文人としても有名。中部イタリアのトゥスクルム出身。第二ポエニ戦争に従軍したのち、「新人」として政界に登場し、諸官職を歴任したのち、紀元前195年のコンスル(執政官)、翌前194年のコンスル代理官としてスペインを統治した。スキピオ一族と対立しつつも、その後も政治、外交面で活躍したが、とくに前184年にはケンソル(戸口総監)としてローマの道徳、社会、経済の立て直しを図った。雄弁家としても知られ、属州統治、対外政策にも国粋主義、保守主義の立場から論陣を張った。とくにヘレニズム化の風潮に対して、古ローマの質実剛健さの回復を説いた。最晩年には、第三ポエニ戦争直前に主戦論を唱えている。文人としては、ラテン散文学の祖といわれ、ラテン語で書かれたローマ最古の歴史書『起原論』Origines(7巻)と『農業論』De Agri Culturaがあるが、前者は散逸した。[長谷川博隆]

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