カトー(その他表記)Cato

翻訳|Cato

デジタル大辞泉 「カトー」の意味・読み・例文・類語

カトー(Cato)

(Marcus Porcius ~ Censorius)[前234~前149]ローマの将軍・政治家トゥスクルムの出身。ギリシャ文化への傾斜を戒めて、古代ローマへの復帰を唱え、また、カルタゴ打倒を叫んだ。学者としても有名。著「起原論」「農業論」など。大カトー
(Marcus Porcius ~ Uticensis)[前95~前46]ローマの政治家。曽孫ストア哲学を学んだ。共和政を支持、ポンペイウスに味方してカエサル反抗。ポンペイウスの死後、アフリカに渡ったが、カエサルの追討を恐れて自殺。小カトー

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精選版 日本国語大辞典 「カトー」の意味・読み・例文・類語

カトー

  1. [ 一 ] ( Marcus Porcius Cato Censorius マルクス=ポルキウス━ケンソリウス ) ローマの政治家、文人。ハンニバル戦争に従軍。財務官コンスル(統領)、監察官などを歴任し、古代ローマへの復帰を唱えた。ラテン散文文学の開拓者といわれ、「農業論」が現存する。大カトー。(前二三四‐前一四九
  2. [ 二 ] ( Marcus Porcius Cato Uticensis マルクス=ポルキウス━ウティケンシス ) ローマの政治家。大カトーの曾孫。護民官となり、のちポンペイウスを支持してカエサルと争い、アフリカのウティカで自殺した。ストア哲学の信奉者。小カトー。(前九五‐前四六

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カトー」の意味・わかりやすい解説

カトー[ウチカ]
Cato Uticensis, Marcus Porcius

[生]前95
[没]前46. ウチカ
古代ローマの政治家。カトー (大)の曾孫。共和政護持に努めた元老院の保守的貴族でユリウス・カエサルの政敵。前 67年マケドニアの護民官 (トリブヌス・プレビス ) 。のち財務官 (クアエストル,前 64頃) 。前 62年執政官 (コンスル ) の L.ムレナを収賄罪弾劾。 L.カチリナの謀議者処刑に票を投じて,カエサルの反感を買った。前 51年執政官の地位が得られないため引退を決意したが,前 49年カエサルに対して立上がった元老院とポンペイウス (大ポンペイウス) に味方し,敗れてアフリカのウチカで自害。死後 M.キケロが彼に賛辞『カトー』を送れば,カエサルは『反カトー論』をもって激しく反駁後世,清廉潔白,高徳の士としてたたえられた。

カトー(大)
カトー[だい]
Cato, Marcus Porcius

[生]前234. ツスクルム
[没]前149
ローマの著述家,政治家,雄弁家。民族主義的,反ヘレニズム的傾向の代表者。貧農の出身。執政官 (前 195) をはじめ多くの官職を歴任したが,彼を有名にしたのは監察官の職 (前 186) で,「監察官カトー」 Cato Censorと通称される。貴族の弛緩した風紀を引締め,奢侈浪費を押え,ギリシア文化の輸入に反対してギリシアの哲学者と修辞学者のローマ居留を禁じた。彼の理想は古代の質素な農業国家への復帰で,ギリシア主義のスキピオのサークルと対立した。晩年カルタゴの繁栄をみて粉砕の必要を説いた。著書のうち歴史書『ローマ起原論』 Originesと演説集は散逸したが,『農業論』 De Agri Culturaは現存するローマ最古の散文作品である。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カトー」の意味・わかりやすい解説

カトー(大)
かとー
Marcus Porcius Cato Censorius
(前234―前149)

古代ローマ、共和政中期の将軍、政治家。文人としても有名。中部イタリアのトゥスクルム出身。第二ポエニ戦争に従軍したのち、「新人」として政界に登場し、諸官職を歴任したのち、紀元前195年のコンスル(執政官)、翌前194年のコンスル代理官としてスペインを統治した。スキピオ一族と対立しつつも、その後も政治、外交面で活躍したが、とくに前184年にはケンソル(戸口総監)としてローマの道徳、社会、経済の立て直しを図った。雄弁家としても知られ、属州統治、対外政策にも国粋主義、保守主義の立場から論陣を張った。とくにヘレニズム化の風潮に対して、古ローマの質実剛健さの回復を説いた。最晩年には、第三ポエニ戦争直前に主戦論を唱えている。文人としては、ラテン散文学の祖といわれ、ラテン語で書かれたローマ最古の歴史書『起原論』Origines(7巻)と『農業論』De Agri Culturaがあるが、前者は散逸した。

[長谷川博隆]


カトー(小)
かとー
Marcus Porcius Cato Uticensis
(前95―前46)

古代ローマ、共和政末期の政治家。大カトーの曽孫(そうそん)。カエサルの政敵。ストア哲学の信奉者。護民官に選ばれたのち、反カティリナの立場をとり、元老院を中心とする共和政の伝統護持の姿勢を守り、カエサル一派に対抗し続けた。とくに紀元前49年からのカエサルとポンペイウスとの内戦にあたっては、多くの元老院議員と後者の側についてシチリアで戦った。ポンペイウスの死後はアフリカにポンペイウス派を結集し、スピキオを総司令官としてカエサルに抗したが、タプススの敗戦の知らせを受け、ウティカで自刃した。高潔な人物として知られ、同時代人および後世の人々により共和政的自由に殉じた人とたたえられている。

[長谷川博隆]

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百科事典マイペディア 「カトー」の意味・わかりやすい解説

カトー[大]【カトー】

古代ローマの将軍,政治家,文人。大カトーCato Majorと呼ばれ,第2次ポエニ戦争で活躍。またコンスル,ケンソル(戸口総監)に就任した。中小農民の保護と反カルタゴ政策を主張した保守主義・国粋主義者の代表。主著《農業について》など。
→関連項目カトー[小]スキピオ[大]

カトー[小]【カトー】

ローマ共和政末期の政治家。大カトーの曾孫で小カトーCato Minorと呼ばれる。ストア主義者,共和政的伝統の護持者。カエサルと対立,敗れて生地アフリカのウティカで自殺。
→関連項目ブルトゥス

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「カトー」の解説

カトー(大)(カトー(だい))
Marcus Porcius Cato Censorius

前234~前149

古代ローマの将軍,政治家,文人。第2次ポエニ戦争から軍人として活躍し,財務官,コンスルケンソルを歴任した。ヘレニズム的風潮に対して古ローマ的質実剛健さへの復帰を説き,中小農民の維持,反カルタゴ政策を主張した。『農業論』『起源論』を著し,ラテン散文の祖といわれる。前者は現存するが,後者は散佚した。


カトー(小)(カトー(しょう))
Marcus Porcius Cato Uticensis

前95~前46

ローマ共和政末期,内乱時代の政治家。カトー(大)の曾孫にあたり,共和政的伝統の保持者,ストア主義者として知られる。カエサル派に敗れ,自殺。

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旺文社世界史事典 三訂版 「カトー」の解説

カトー(大)
Marcus Porcius Cato Censorius

前234〜前149
共和政ローマ期の政治家・文人
第2回ポエニ戦争(ハンニバル戦争)に参加。のちコンスル・監察官などを歴任。ローマの質実剛健な伝統的秩序の守護に任じ,中小農民の保護と反カルタゴ政策を主張。演説の最後は常に「カルタゴは滅ぼさざるべからず」であったといわれる。当時のローマ社会の退廃を,新来のヘレニズムの風潮によるものとして弾劾した。『農業論』ほかの著書がある。カエサルと対抗した元老院派の小カトー(前95〜前46)は大カトーの曾孫。

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とっさの日本語便利帳 「カトー」の解説

カトー

きみの欲しいと思うものを買うな。必要なものだけを買え。\カトー
ローマの政治家(前二三四~一四九)。

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