カニンガム(英語表記)Cunningham, Sir Alexander

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カニンガム
Cunningham, Sir Alexander

[生]1814.1.23. ロンドン
[没]1893.11.28. ロンドン
イギリスの軍人,インド考古学者。詩人アランの次男。 1833年工兵将校としてインドに渡り,軍務のかたわら考古学研究に従事。 61年陸軍少将で退役して考古調査官となり,インド考古調査局発足 (1862) に尽力。数年間の帰国ののち,70年考古調査局長官として再びインドに渡り,85年退官,帰国するまで遺跡の調査と保存に活躍。碑文古銭,古代地理の研究でも業績を上げた。

カニンガム
Cunningham, Allan

[生]1784.12.7.
[没]1842.10.30. ロンドン
イギリスの詩人。スコットランドの古いバラッドを模倣した作品を書いた。 R.バーンズの詩の編者

カニンガム
Cunningham, Merce

[生]1919.4.16. ワシントン,セントラリア
[没]2009.7.26. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国のモダン・ダンサー,振付家。ベニントン・カレッジで舞踊を学び,1939年マーサ・グラハムの舞踊団に参加。『すべての心はサーカス』『アパラチアの春』『世界への手紙』などでソリストとして踊る。1943年振付家として自身の作品を発表し始め,1945年マーサ・グラハム舞踊団を脱退,1952年みずからの舞踊団を創設。盟友の前衛作曲家ジョン・ケージらの音楽を用い,さらにロバート・ラウシェンバーグ,アンディ・ウォーホル,フランク・P.ステラ,ジャスパー・ジョーンズら当時の新進美術家と組んで,『夏の空間』(1958),『ウィンターブランチ』(1964),『スクランブル』(1967),『雨の森』(1968)などセンセーショナルで前衛的な作品を発表。1989年には『オーガスト・ペイス』でロシアの 23歳の美術家 S.ブガエフを起用し「アメリカン・ダンスのグラスノスチ」と評された。そのほかの作品に,"Blue Studio: Five Segments"(1976),"Locale"(1979),"Quartets"(1983)など。

カニンガム
Cunningham, William

[生]1805
[没]1861
スコットランドの神学者。カルバン主義神学を説く。 T.チャーマズに協力して 1843年スコットランド自由教会を創設。同年,エディンバラのニュー・カレッジの神学教授となり,のちにその学長となった。

カニンガム
Cunningham, William

[生]1849.12.29. エディンバラ
[没]1919.6.10. ケンブリッジ
イギリスの経済史家,イギリス歴史学派の一人。エディンバラ,ケンブリッジ両大学に学び,1878年以降ケンブリッジ大学で経済史を講じ,91~97年ロンドンのキングズ・カレッジの統計学教授,のちにイギリス学士院の会員。古典派経済学の伝統に立脚しつつ歴史学派の主張をも取込んだ経済史を志向し,方法論をめぐって当時の正統派 A.マーシャルと論争した。 1907年以降イーリーのイギリス国教会大執事として宗教界でも活躍。主著『イギリス商工業の発達』 Growth of English Industry and Commerce (1882) ,『自由貿易運動の興亡』 The Rise and Decline the Free Trade Movement (1904) ,『イギリスにおける資本主義の進歩』 Progress of Capitalism in England (16) 。

カニンガム
Cunninghame

イギリススコットランド南西部の旧地区名。今日のノースエアシャー。旧エアシャー県と旧ビュートシャー県の一部からなる。1975年の自治体再編でストラスクライド県に属する一地区として新設。1996年同県の廃止に伴い,同一区域を引き継ぐ単一自治体(カウンシルエリア council area)のノースエアシャーとなった。

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百科事典マイペディアの解説

カニンガム

アメリカの舞踊家・振付家。カニングハムとも。ワシントン州セントレーリア生れ。12歳からダンスを学び,1939年にモダン・ダンスの第一人者マーサ・グレアムの舞踊団に参加。ダンサーとして活躍した。しかし,踊りで感情を表現しようとしたグレアムに反発し,1953年に自身のマース・カニンガム舞踊団を結成。盟友の音楽家ジョン・ケージの作曲手法に習うなどして,物語性を排除した抽象的な振付けで,ダンスに革命をもたらした。ロバート・ラウシェンバーグ,アンディ・ウォーホルなどの美術家とも協同作業を繰り広げた。
→関連項目草月アートセンター

カニンガム

英国の経済史家,神学者。ロンドン大学経済学および統計学教授(1891年−1897年),ハーバード大学経済史講師(1900年)。1907年以降はイーリーの国教会副監督として宗教界で活躍した。古典派経済学の伝統に立ってドイツ歴史学派の立場を取り入れ,アシュリーとともに英国経済史学の基礎を築いた。代表作《英国商工業発達史》は,広く資料を収集し経済と経済政策の進化を跡づけた古典的な著作として知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

カニンガム【Alexander Cunningham】

1814‐93
インド考古調査局の初代局長。スコットランドに生まれ,士官学校卒業後,1833年にベンガルに渡り軍務につく。そのかたわら,王立アジア協会ベンガル支部に古銭に関する論文を発表し研究活動を開始する。61年退役し,考古学調査官に任命され,インド考古調査局の設立(1862)に尽力し,その初代局長となる。ここにおいて考古学調査は,初めて組織的かつ全国的に行われるようになった。彼の滞印期間は半世紀に及ぶ。その間,ハラッパー遺跡の発見を含む数百の遺跡の探査を行った。

カニンガム【Merce Cunningham】

1919‐
アメリカの舞踊家,振付家。1939年から45年までマーサ・グラーム舞踊団のソリストだったが,舞踊で心理的なメッセージを伝えるという行き方に反発して,G.バランチンに2年師事したのち,53年自分の舞踊団を結成した。彼の哲学は分離ないし超然であり,振付者の心の状態が舞踊に反映しないよう努める。その美学はキュビスムに近い。動き自体が意味をもつために,線の流れで表される必要はなく,文字どおり〈日常的な〉動きが,様式化された舞踊の動きに劣らずだいじである。

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367日誕生日大事典の解説

カニンガム

生年月日:1849年12月29日
イギリスの歴史学派の経済学者
1919年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内のカニンガムの言及

【パフォーマンス】より

…《4分33秒》(ニューヨーク州ウッドストック,1952)は,〈無音〉から成る〈音楽作品〉で,そのパフォーマーは,3回腕を動かすだけであり,観客は自分が耳にしたすべての音を〈音楽〉として受け取ることになる。また,ケージの僚友マース・カニンガムMerce Cunninghamも,歩いたり,立ったり,跳んだりする日常的な身体アクションのすべてを〈舞踏〉とみなすことを提唱し,実践した。〈作者〉やパフォーマーと〈観客〉との間の区別が超えられたのもハプニングにおいてであった。…

【アバンギャルド】より

… アバンギャルドは次にアメリカに現れる。50年ころから作曲家ケージと共に偶然と不確定性の要素を舞踊に導入することを考えたM.カニンガムである。彼は52年に自分の団体をもち創作活動に入るが,協力者にはケージのほかにR.ラウシェンバーグ,A.ウォーホルらがいた。…

※「カニンガム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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