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カーン カーンKhan, Ali Akbar

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カーン
カーン
Khan, Ali Akbar

[生]1922.4.14. イギリスインド,シブプール
[没]2009.6.18. アメリカ合衆国カリフォルニア,サンアンセルモ
インドのサロッド演奏家,作曲家。ラビ・シャンカールの義兄。シャンカールの恩師であり 20世紀最大の北インドの音楽家ともいわれているアラウッディン・カーンの子。1955年バイオリニストのユーディ・メニューインに招かれてニューヨークに行ったのち,西ヨーロッパに活躍の場を広げた。

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カーン
カーン
Kahn, Albert

[生]1869.3.21. ラインラントファルツ,ラウネン
[没]1942.12.8. デトロイト
ドイツ生れのアメリカの近代建築家。 1880年ドイツからアメリカに移住し,デトロイト建築事務所に勤め,96年にネットルトンおよびトロウブリッジに事務所を開設。当時の新構造といわれた鉄筋コンクリート建築を研究して発展期にあったアメリカ産業のマス・プロ工場施設に応用し,工場建築第一人者となった。

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カーン
カーン
Kahn, Gustave

[生]1859.12.21. メス
[没]1936.9.5. パリ
フランスの詩人,小説家。自由詩の提唱者として知られる。 1886年象徴派の雑誌『サンボリスト』 Le Symboliste,『ボーグ』 La Vogueを創刊。詩集『流浪の宮殿』 Palais nomades (1887) の第2版 (97) の序文で自由詩の理論を展開,詩壇に大きな影響を与えた。

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カーン
カーン
Kahn, Herman

[生]1922.2.15. ニュージャージー,ベイオウン
[没]1983.7.7. ニューヨーク,チッパクア
アメリカの戦略理論家,未来学者。カリフォルニア工科大学卒業。物理,工学,数学などを専攻。 1947~61年ランドコーポレーション研究員。 61年ハドソン研究所を設立,主宰。国防総省原子力委員会などの委託で戦略研究や未来学研究に従事。

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カーン
カーン
Kahn, Richard Ferdinand

[生]1905.8.10.
[没]1989.6.6.
イギリスの経済学者。ケンブリッジ大学に学び,第2次世界大戦中は貿易庁に勤務。 1951~72年ケンブリッジ大学教授。晩年はキングズ・カレッジフェロー。 65年男爵。 J.M.ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』の構想に大きな影響を与えた学者として有名で,不完全競争下での産業均衡のための条件を明らかにし,また論文『国内投資と失業との関係』 The Relation of Home Investment to Unemployment (1931) において展開した乗数概念は,ケインズの乗数理論の基礎とされている。

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カーン
カーン
Kern, Jerome David

[生]1885.1.27. ニューヨーク
[没]1945.11.11. ニューヨーク
アメリカのミュージカル作曲家。ニューヨーク音楽院を出てドイツに留学。『ショー・ボート』 Show Boat (1927) は不朽の名作といわれ,そのほか多数のミュージカル・プレイと映画音楽をつくる。

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カーン
カーン
Kahn, Louis I

[生]1901.2.20. エストニアサーレマ島
[没]1974.3.17. ニューヨーク
アメリカの建築家。 1905年両親とともにフィラデルフィアへ移住。ペンシルバニア大学で古典的伝統を重視するフランスのボザール流教育を受け,24年卒業。エール大学アートギャラリー (1952~54) の設計,およびペンシルバニア大学リチャーズ医学研究所 (60) の設計により広く世界の注目を浴びた。

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デジタル大辞泉の解説

カーン(Caen)

フランス北西部、ノルマンディー地方、カルバドス県の都市。同県の県都。第二次大戦のノルマンディー上陸作戦で大きな被害を受けたが、戦後の復興がいち早くなされ、工業化が進んだ。カーン城サンピエール教会、サンテチエンヌ教会など、戦災を免れた歴史的建造物が残っている。カン。

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百科事典マイペディアの解説

カーン

ドイツ生れの米国の建築家。鉄筋コンクリートを研究して,米国,ソ連,ヨーロッパ各地で活躍した。自動車フォードに認められ,自動車工場の建築が多い。代表作にデトロイトの自動車工場やオハイオ鋳鉄工場など。

カーン

米国の建築家。エストニア生れ。1905年移民として米国に渡り,1915年帰化。ペンシルベニア大学卒,のちに同校教授。イェール・アート・ギャラリー(ニュー・ヘイブン,1953年),ペンシルベニア大学リチャーズ研究所(フィラデルフィア,1961年)によって米建築界の重要な存在となる。
→関連項目ピアノ

カーン

米国のポピュラーソング作曲家。ニューヨーク生れ。ニューヨーク音楽院で学んだのち,ドイツ,英国に留学。1911年《赤いペチコート》を第1作にミュージカルを手がけ,代表作は《ショー・ボート》(1929年)など。
→関連項目ミュージカル

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世界大百科事典 第2版の解説

カーン【Gustave Kahn】

1859‐1936
フランスの詩人。1886年J.モレアスらとともに《ラ・ボーグ》誌を創刊,久しく忘却の中に置かれていたランボーの諸作品を掲載して象徴主義運動の進展に一石を投じた。87年詩集《遊牧宮殿》の自序で自由詩の理論を提唱し,伝統的韻律学からの詩歌解放という象徴派の志向性の一端をF.ビエレ・グリファン,スチュアート・メリルとともに執拗に担い続けた。刊行した詩集は最後の《絵本》(1897)まで5冊を数える。のち小説・評論にも手を染め,F.ブーシェ,J.H.フラゴナールらの伝記を公にするかたわら,《サンボリストとデカダン》(1902)その他,ときに正確を欠くが象徴主義運動の生々しい記録を文学史に提供している。

カーン【Jerome Kern】

1885‐1945
アメリカのポピュラー・ソング作曲家。幼いうちから母親にピアノを学び,ドイツ,イギリスに留学。1903年帰国,のちミュージカルなどの作曲を始めた。12年初演の《赤いペチコート》でブロードウェーに本格的なデビュー。代表作は27年初演の《ショーボートShow Boat》(作詞はハマースタイン2世)で,このミュージカルの中の《オール・マンリバー》は,33年初演のミュージカル《ロバータ》の中の《煙が目にしみる》とともに名曲とされる。

カーン【Louis Isadore Kahn】

1901‐74
アメリカの建築家。エストニアのサーレマー島生れ。1905年に移民の子としてアメリカに渡り,15年に帰化。ペンシルベニア大学で建築を学び,後に同大学の教授ともなるが,その建築にはアメリカ的プラグマティズムを超えた表現がつねに見られる。同大学で受けたフランスのエコール・デ・ボザール(国立美術学校)流の造形教育と,46歳まで独立した設計活動を行わなかったという経歴が,彼の建築を日常的実用性を超えた設計理念に向かわせた。

カーン【Richard Ferdinand Kahn】

1905‐89
イギリスの経済学者。ロンドンに生まれ,ケンブリッジ大学に学び,キングズ・カレッジのフェローとなる。商務省などいくつかの官庁に勤めた(1939‐46)のち,ケンブリッジ大学教授(1951‐72)。1965年男爵。ケンブリッジ大学在学中,ケインズに学んだ。1930年代の初め,ケインズ・サーカスと呼ばれた若い経済学者の集団を指導して,新しい経済学の形成と〈ケインズ革命〉の実質的な推進者となった。とくに31年の論文《国内投資と失業との関係》で示された彼の乗数理論は,第2次大戦後,世界の多くの資本主義諸国で,経済政策策定の過程において中心的な役割を果たし,ケインズ主義財政を象徴するものとなった。

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大辞林 第三版の解説

カーン【Louis Isadore Kahn】

1901~1974) アメリカの建築家。エストニア生まれ。明快な造形と禁欲的な哲学を反映した作風で知られる。代表作にリチャーズ医学研究所・ソーク生物学研究所・キンベル美術館などがある。

カーン【Jerome Kern】

1885~1945) アメリカのポピュラー-ソング作曲家。代表作はミュージカル「ショー-ボート」。ほかに「今宵のきみは」「思い出のパリ」「煙が目にしみる」「イエスタデイズ」など多数。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のカーンの言及

【オペレッタ】より

…イギリスでも1875年ころからA.S.サリバンが《ミカド》(1885)その他の風刺的作品で評判をとり,彼の作品はニューヨークで上演されアメリカにオペレッタ旋風を送る。V.ハーバートはJ.シュトラウスのオペレッタにならった作品を書いたが,J.カーンの《ショー・ボート》あたりからミュージカルへと移っていった。オペラミュージカル【井形 ちづる】。…

【ミュージカル】より

…その後1920年代までは,V.ハーバート,フリムルRudolph Friml,ロンバーグSigmund Rombergなど,ヨーロッパ出身の作曲家によるオペレッタ風の作品と,名目だけの筋で歌や踊りをつないだたわいのない恋愛劇や笑劇が多かった。しかし,J.カーンの曲,O.ハマースタインの詞と台本による《ショー・ボート》(1927。原作はE.ファーバーの小説)によって,現実感のあるミュージカルが誕生した。…

【近代建築】より

国際様式建築
[ポスト・モダニズム]
 国際様式は世界中の高層事務所建築の主流となったが,その画一的かつ非個性的な空間を嫌う声が60年代から現れてくる。すでにル・コルビュジエのロンシャンに建つ教会(1954),デンマークのウッツォンJørn Utzon(1918‐ )によるシドニー・オペラ・ハウス(1956設計),丹下健三設計の国立屋内総合競技場(1964)などの作品が,機能の充足のみからは説明のできない造形を示していたし,70年代に入るとフランスのエコール・デ・ボザール(国立美術学校)における設計の伝統であった古典主義的造形を標榜するアメリカのL.I.カーン,またAT & Tビル(1978設計)によって高層ビルに象徴的表現を復活させたP.C.ジョンソンらの影響力が強まった。構造技術の表現,工業生産力の建築への応用という近代建築の一貫したテーマは,J.スターリング設計のレスター大学工学部(1959),ピアノ=ロジャーズ設計のパリのポンピドゥー・センター(1977)などの表現を生んだが,プレハブ建築や工業化された建築部材はすでに先進国の日常生活そのものとなっていた。…

【乗数理論】より

…これは限界消費性向が高いと,追加的な所得のうちの大きな割合が消費され,大きな消費支出は,大きな量の生産と所得を誘発するからである。
[乗数という言葉の使われ方]
 ケインズに先だって1931年に,ケンブリッジ大学のR.F.カーンが雇用乗数理論としてこのアイデアの基本部分を展開している。カーンの関心は,消費性向は一定として,公共投資の量を変化させたとき,雇用量がどのような定量的な変化を示すかというところにあった。…

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