一つの中心金属イオンに、同時に二つ以上の配位座を占めて配位することのできる分子または多原子イオンを多座配位子と総称するが、これら多座配位子が一つの中心金属イオンに二つ以上の配位座で配位してできる錯体をキレート化合物という。略してキレートともいう。
多座配位子は一般にキレート配位子とよばれ、金属イオンに配位したときは、配位原子は、窒素、酸素、硫黄(いおう)、リン、ヒ素などであることが多い。
のような環を形成するので、これをキレート環とよんでいる。キレート配位子中で、金属原子に直接配位する原子すなわち多座配位子のうち二つの配位座を占めるものを二座配位子、三つを三座、四つを四座、五つを五座、六つを六座配位子などとよんでいる。
これらのうち二座配位子、たとえばエチレンジアミンやグリシンなどが金属イオンに配位するとき、 のように金属イオンをちょうどエビやカニなどのはさみで挟んでいるような形になっていることから、古くイギリス学派の人々によってキレートと名づけられたのが初めである。すなわち1920年ごろイギリスのモーガンG. T. Morgan、ドルーH. D. K. Drewらは、このような二座配位子を、ギリシア語のχηλ(甲殻類のはさみを意味する)にちなんでキレート団chelate groupとよび、キレート団を含む化合物をキレート化合物とよんだのである。しかし、この名称はしだいに広く用いられ一般化し、これらを含む化合物が多く研究されるのに伴い、さらに拡張されることになり、二座だけではなく、三座以上の多座配位子一般にも用いられるようになった。
有機化合物にはキレート化合物が多く知られており、生物化学的に非常に興味ある物質も多く、分析化学で重要なもの、また実用的に有用なものなども多数ある。たとえばオキシヘモグロビンのキレート環の骨格は、 の(1)のようにFeに対する四座配位子であるし、クロロフィルでも同じような骨格がMgに配位している。非ヘム鉄タンパク質の一つであるルブレドキシンでは、 の(2)のような大環状キレート環がある。またビタミンB12はコバラミンともよばれ、 の(3)にみるようなコバルトのキレート化合物である。多くの青色ないし緑色染料および顔料として広く用いられているフタロシアニンは、たとえば の(1)のようなキレートである。また硬水軟化剤として用いられるEDTA(エチレンジアミン四酢酸)のつくるキレートは、 の(2)のようなキレート構造をつくっている。
[中原勝儼]
配位化合物のなかで多座配位子が配位してできたもの。キレート錯体あるいは単にキレートと呼ぶこともある。エチレンジアミンNH2(CH2)2NH2のような二座配位子が中心原子たとえば銅に配位するときには,一般に分子内の二つの窒素原子で一つの銅をはさむように結合して銅を含む環ができる(5員環,6員環が多い)。
この環はエビやカニが物をはさんだ形に似ているので,〈はさみ〉や〈つめ〉を意味するギリシア語のケレchēlēからキレート環と呼ばれ,配位子はキレート配位子,キレート環を含む化合物はキレート化合物と呼ばれる。三座以上の配位子が配位して複数のキレート環をつくるときにも,一つのキレート環に注目すれば二座配位子のときと同じであるから同様にキレートの名で呼ぶ。
多座配位子は単座配位子が配位してできた配位化合物と異なる性質をもつ化合物を生ずることが多い。たとえば一般にキレート化合物の溶解度は水に対しては小さく,有機溶媒に対しては大きい。この性質は沈殿試薬や溶媒抽出などに利用される。しかし逆に水溶性の場合もあり,金属イオンが他の試薬によって沈殿を起こさなくなる性質を利用して金属の分離,精製,分析などに用いられる(金属イオン封鎖剤,洗浄剤,医薬品,キレート滴定など)。またキレート化合物の生成は強い着色を伴うことが多く,この現象は比色分析に利用される。さらに一般に安定性が大きいから着色したものは顔料や染料に適している。そのほか触媒作用を示すものもある。キレート化合物は,天然にはクロロフィル(中心金属Mg),ヘム(中心金属Fe),ビタミンB12(シアノコバラミン,中心金属Co),金属酵素などとして存在して生体内で重要な役割を演じている。
執筆者:近藤 幸夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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